不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

パンドラ・アイランド/大沢在昌

パンドラ・アイランド

パンドラ・アイランド

 小笠原諸島の外れにある島を舞台に、島の保安官に任命された元警官が、人死にの謎を追う物語。排他的な村社会と、太平洋上の離島というリゾート的な環境、という取り合わせがなかなかに面白い雰囲気を醸す長編。ドラマティックな展開等はさすがにうまく、登場人物も動いてくれる。……とまあ、以上で本質的な感想は尽きてしまう。特に傑作とも言えないが、水準は維持した作品であろう。

 ただし個人的には、節々におっさん臭が見え隠れするのが気になった。
 たとえば、主人公は島民の中で孤立するのだが、ある若い風俗嬢(美人!)とだけ、妙に温かい心の交流を持つ。歯の浮くような言葉を心を込めてお互いに掛け合う二人。しかしそれって、おっさんの妄想ないし幻想なんじゃないですか先生。作者が自覚的であることを祈ってしまう。……とはいえ、ここは基本的に苦笑してネタにすべきところではある。そもそも大沢在昌は、イデアとしての男性像と、それに付随する女性像に傾斜する作家であり、故に人気作家足り得るし、『新宿鮫』『天使の牙』という傑作をものせたのである。要するにこれは、彼の作家としての原動力なのだ。従ってこの点をもって非難するのは、少なくとも私のように『新宿鮫』や『天使の牙』を楽しんだ読者においては、筋違いである
 それに、『パンドラ・アイランド』において着目すべき男女関係は、主人公と風俗嬢ではなく、主人公とその元妻にして元上司である。で、こちらは特に違和感がない(実際にあり得るかは別問題だが)。主人公と風俗嬢の関係は、よって重大な瑕疵足り得ないのだ。
 もし突っ込むとすれば、1,000枚越えするほどの内容がこの小説にあったかどうかだ。クライマックスも含めた全編にわたって、味付けが薄いように思えて仕方ない。改行が若干多いのも、この印象を助長している。

 というわけで、大沢在昌のファンならば、読んでおくのも一興かと。