不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

狼花 新宿鮫Ⅸ/大沢在昌

狼花  新宿鮫IX (新宿鮫 (9))

狼花 新宿鮫IX (新宿鮫 (9))

 ナイジェリアからの入国者が麻薬絡みのトラブルを起こし、鮫島は調査を開始する。一方、中国の福建から渡って来たホステスの明蘭は、曰くありげな客に誘われ、システマティックな故買業に手を染める……。
 鮫島が主役を張って様々な情動を受けて……という物語では最早なくなっている。もちろん鮫島は捜査し活躍し、事件に関して様々な思いを抱くのだが、人間としての生き様で魅せてくれるのは、女として以前に人間としての自立を志向する明蘭、独自の価値判断に基づき治安を追求する香田警視正、謎に包まれた鮫島の宿敵で明蘭を引き込む仙田、日本最大の暴力団稜和会稜知会の有力者で明蘭を愛するようになる毛利らであり、鮫島自身が事件から受ける精神的影響は、実はそれほど強烈ではない。深刻な危機に襲われないことも大いに関係しているが、彼自身の人生観や感受性、そして生態は安定軌道に入っている。晶の存在が物語の上で何の意味もなくなっているのも、その傍証となるだろう。リューインのサムスン・シリーズにおける無記名時代のアデル・バフィントンですら、遥かに有効に機能していた。今の晶の影は非常に薄く、存在感が加速度的に希薄化している。
 物語自体はスリリングでなかなか読ませる。流入する外国人犯罪者と、旧来の日本人犯罪組織、そして警察機構=権力の、闘争と妥協、そしてどうしても相容れない観念。それらを、大沢在昌は(恐らく)緻密な取材を基づき、丁寧に描き起こす。高水準の、実に安定した娯楽小説といえるだろう。
 今後、鮫島は、シリーズ各作にピンで登場する主要人物を観察し追い詰める機能を有する、「鮫島」という唯一無二の、しかし煎じ詰めれば単なる記号に過ぎない存在となるのだろうか。別にそれが駄目だと言っているわけではない。たとえばリュウ・アーチャーは、記号化した素晴らしい名主人公であった。新宿鮫シリーズが今後どうなるのか、動向を注視していきたい。両津勘吉との共演とかな!