不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

獣たちの庭園/ジェフリー・ディーヴァー

獣たちの庭園 (文春文庫)

獣たちの庭園 (文春文庫)

 ディーヴァー初の歴史もの。と言ってもナチスなので百年経ってない。
 思うに歴史小説には、綿密な考証が要求される。歴史に名を残す人物が関連する場合は余計にそうだ。『獣たちの庭園』の主人公は元兵士の殺し屋で、米軍に依頼(というか脅迫)され、ベルリン・オリンピックの選手団に紛れ込んでドイツに潜入し、架空のナチス高官暗殺を試みる。物語にはヒトラーはじめ、実在のナチス高官が複数登場する。また当時の時代風俗や国際政治情勢も綿密に描きこまれており、情報量は極めて多い。普通、これほど取材結果をぶち込むと、晦渋になったり物語の動きが堅くなったりするものだが、さすがはジェフリー・ディーヴァー、そのようなことは決してない。本作は、読みやすいエンタメとして一貫しており、登場人物も魅力的である。主人公が殺し屋ということで、それらしい《闇》もたまに出て来るのが興味深い。あと、ドイツの警察官が鑑識重視で笑った。鑑識本当に好きなんですねこの作家。
 最初の100ページくらいはなかなか乗れないかもしれないが、ドイツに行ってからは物語もテンポ良く進み始める。この一作は、誰にでもお薦めできる佳品と思う。年間新刊ベスト10入りは可能ではないか。
 ところで、某登場人物は、《リンカーン・ライムもの》のアメリア・サックスの直系尊属ではないだろうか? 一行だけ、それらしい固有名詞が登場するのだ。サックス家の来歴が語られたかどうか、全く覚えていないのが残念である。