不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ジュリアとバズーカ/アンナ・カヴァン

 250貢ない本だが、15編の幻想小説が収められている。
 この短編集を言い表すために、私に言えるもっとも端的な表現は、「華麗にして奇妙な、だがとても繊細な幻妄」というものだろう。基本的にはイヤ話揃いなのだが、そこには胸が締め付けられる切ない情感が息衝いている。冷たくて、硬質で、だがとても細やかな筆致で、アンナ・カヴァンは掛け替えのないものの美しさ、そして底なしの喪失感を伝えて止まない。素晴らしい。
 一番わかりやすいのは、幻想的情景がほとんどない「今は昔」だろう。この短編の主人公は、冷え切った結婚生活を送っている。夫は太り、またあの濃やかだった情愛もかき消えてしまった。幸福だった日々の甘い記憶と、あまりにも変わり果てた目の前の現実。そして主人公は麻薬にも手を出す。しかし作者の筆は冷淡なまでに主人公を突き放し、彼女の孤独と寂寥を描き出す。何に対してもシンパシーを抱かず、血が通わず、静かで冷たく、しかし非常に美しい小説。
 アンナ・カヴァンがヘロイン中毒であったことは有名だし、年齢を知られることを極端に嫌い、常に完璧に化粧し……と神経症的なきらいもあったようだ。作品には、麻薬による幻かと思われるようなイメージが頻出し、それが奇妙に現実と遊離している。だが読者は『ジュリアとバズーカ』に、麻薬中毒患者にしてメンヘラーの女の姿ばかりを見るべきではない。文壇には、狂った作家とまともな作家がいるのではない。凄い作家と凄くない作家がいるばかりなのである。そして、アンナ・カヴァンは間違いなく前者に属する。
 恐らく万人にお薦めできる短編集ではない。だが、わかりやすくて読みやすくて楽しく読めておまけに自分の人生観に沿う小説しか求めない類の読者を除けば、この小説は孤高の世界をもたらしてくれるだろう。見付けたら即買い。