不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

カンタベリー物語 メリベウスの物語/チョーサー

チョーサーの二つ目の話「メリベウスの物語」は、長い。とても長い。しかも寛容についての物語であって宗教色が非常に強く、説法を受けている感が強くする。読むには相応の覚悟が必要だ。

チョーサーのメリベウスの物語始まる。

有力で裕福な君、若いメリベウスには、プルーデンスという妻と、ソフィエという娘がいた。メリベリウスの外出中、彼の敵が三人メリベリウスの家にやって来て、プルーデンスを傷付け、ソフィエの足・手・耳・鼻・口に致命的な*1を与えて逃げ去った。このメリベリウスの物語は、ざっくり言うと、この事件に激烈に反応するメリベリウスを、プルーデンスが、大量の故事や伝説を引きながら宥めてより穏便な方向に持って行くというものである。以下の粗筋紹介からは、引かれた故事の内容をあらかた省きます。気になる方は現物を読んでくださいませ。

  • 帰宅したメベリウスは事件を知り、服を裂きながら泣き叫ぶ。プルーデンスは、夫が思う存分泣いてしまうまで見守り、頃合いを見て「嘆くのは賢人に相応しくない、たとえ子が死んでも」と諫める。メベリウスは抵抗するが、プルーデンスは、ほどほどにした方が良いと説き、メベウスもこれを正しいと認める。
  • メリベウスがどうすればいいかわからないと言うので、プルーデンスは真実の友を全てと、一族の者で賢い人を呼び相談すべきと説く。プルーデンスはこの忠告に基づき、外科医、内科医、老人、若者、元敵で今は表面上和解した者、隣人、おべっか使い、弁護人などを呼んだ。彼らの多くは、愛情ではなく恐れからメリベウスに従っている者である。プルーデンスの忠告内容とは顔ぶれが違う点に留意してほしい。
  • 怒りがダダ洩れの状態で、メリベウスは助言者たちを一堂に会して相談する。彼らの意見は以下。
    • 外科医:医療が仕事で戦いの相談には不適任、自分たちは娘さんを治療する。
    • 内科医:外科医の意見+「疾病が対症療法で癒される*2ように、人は復讐によって争いを癒すべき」
    • 隣人・元敵・おべっか使い:復讐戦をすべき。
    • 弁護人+賢明な人たち:拙速はNG、熟慮すべし。ただし守りは固めるべし。
    • 若者たち:戦いだ! 戦いだ!
    • 老賢者:戦いは始めやすいが結果がどうなるか知るのは難しい。熟慮すべき。なおこの老賢者は野次られた模様。
  • メリベウスは忠告の多数派に同意し、復讐戦を決意する。プルーデンスは頃合いを見計らい、あまり急がず、時間をかけて熟慮すべきと説く。
  • メリベウスは忠告を以下のように撥ねつけるが、プルーデンスはそれぞれ以下のように宥め、自分を信頼してくれるなら娘を元通りの健全な体にしてみせましょうと言う。……娘の疵は致命的だったのでは?
    • 決めたことを今更変えられない:正当な理由があるなら変更か決して愚かではない。またしばしば少数派が賢く多数派は尊敬に値しない。
    • 女はすべて邪:すべてを軽蔑する人は気に入るものがない。また人間は全て女から生まれる。ソロモンの発言は、女が最高の善ではないという趣旨である*3
    • 主導権を他人に渡すのは愚か:忠告を受け容れるかどうか決めるのは結局自分なのだから、主導権を他人に渡すことにはならない。
    • 女はおしゃべりで秘密が維持できない:貴方も試したように、自分はおしゃべりな女ではなく、隠し事はできる。試したのかよ……(学僧の話を思い返しながら)。
    • 女の忠告は邪だ:そういう女も中にはいたろうが、同じように多くの女が善なる忠告をしている(4つほど例を挙げる)。女がそんなにダメなら造物主も男の伴侶として女を作らなかったはず。

ここに至りメリベウスも納得する。ソロモン王の、女性に関してではないが思慮があり秩序立った言葉を賞賛する言葉を引用して納得し(『カンタベリー物語』におけるソロモンの名誉回復だ!)、なおかつ、プルーデンスの知恵を実際に試してよく知っている(試したのか……)からと、妻の忠告に従って自分を律すると言う。プルーデンスは更に以下のとおり忠告する。

  • 謙虚になるべき。
    • 憤怒はダメ。できないことをできると考えてしまうし、良い判断ができないし、非難がメインになってしまう。
    • 貪欲もダメ。諸悪の根源であり、判断することも考えることもできなくなるし、際限もない。
    • 性急もダメ。最善の判断にならない。
  • 熟考した結果の判断は秘密にすべき。明かした方が利益になる場合は明かしても良いが、素振りで示してはならない。おべっかを使う者が忖度し迎合してくるばかりで、良い忠告が集まらないからだ。
  • 忠実・賢明・経験の多い者に相談すべき。ケースバイケースで人を変える必要もある。最初は少人数に相談し、相談する相手が多い方が良い問題はその後で多数に相談するのが良い。実質的には、メリベウスが既に実行した相談会へのダメ出しである。
  • 愚か者、追従者、和解した敵、自分を尊敬し過ぎている人、酔いどれ、公の場とは反対のことをこっそり忠告してくる者、邪悪な者(悪漢?)の忠告は避けるか疑うべき。これも実質的にはダメ出しである。
  • 助言を受けるに当たっては真実を忠実に話す必要があるし、その助言の結果何が生じるか、様々な助言のどれがより良いかを考えねばならない。理性に敵うかどうかが重要。なお成し遂げるのが疑わしい場合は、何もせず我慢すすべきである。一方、成し遂げられることは最後までやり遂げねばならない。
  • 事態が変化した場合や、計画自体が不誠実だった場合は、計画変更は何ら恥じることはない。不可能な事項についても同様である。

さてお気付きだろうが、ここまでの忠告は一般論に過ぎない。メリベウスは、今回のケースだとどうなるの?(大意)と妻に訊く。プルーデンスは、気に染まないことを言っても心を乱さないよう予防線を張った上で、あなたはミスを犯したと明言し、以下のようにガン詰めする。

  • 助言者は最初は二、三人に絞るべきだったが、いきなり大人数を呼び寄せた。
  • 見知らぬ者、過去の敵、若い人、偽りの追従者、愛もないのに尊敬を示している人も呼んで、憤怒・貪欲・短慮を呼び寄せてしまった。
  • 見知らぬ者、過去の敵、若い人、偽りの追従者、愛もないのに尊敬を示している人も呼んで、憤怒・貪欲・短慮を呼び寄せてしまった。
  • 開戦すべきとの自分の気持ちを隠さなかった。助言者はあなたの願望に沿うように忠告するようになった。
  • 既に忠告に満足しているように見える。本当はもっと助言が必要だし熟慮もせねばならない。
  • 忠告内容をしっかり吟味していない。
  • 真実の友と見せかけの忠告者を区別していない。賢人より愚物の方が数が多いことは先刻ご承知でしょう?

メリベウスは過ちを認め、忠告者を変えようと言う。プルーデンスは、既に為された忠告の検討を始める。

  • 外科医や医者の忠告は賢明であった。娘の治療において彼らは大いに報いられるべきであり、無報酬はダメ。
  • 内科医の「正反対のものは他の正反対のもので癒される」という提案*4について、メリベウスは敵意には敵意で返すと解釈するが、プルーデンスはそれは自分の願望に沿った解釈だと煽り*5、復讐の制反対は復讐ではない、善/悪、平和/戦争、復讐/忍耐、不和/調和が正反対だとする。しれっと「忍耐」を混ぜ込んで来たのがミソかな。
  • 法律家や賢い者の忠告の論点は以下;
    • 「身を守れ」は、まずイエス・キリストに祈るべし*6、そして真実の友に守りを委ねるべし。偽りの友は遠ざけるべし。
    • 「家を守れ」も、真の友や、自分を愛してくれる家来・隣人が最大の防御になると理解すべきだ。決して城砦・塔・武具・大砲等によるものではない。それらは費用も労力もかかり、高慢に結びつく*7
    • 「慎重にやれ急ぐな」は、賢い真実の意見である。何をするにも準備と配慮は重要。
  • その他の助言者はそもそも人選ミスだが、敢えて彼らの意見「復讐せよ」を考察すると、メリベウスの敵は三グループいていずれも一族が多いが、メリベウス自身は係累が少ない。メリベウス自身は有力で裕福だが、死後に分け前が味方に分け与えられてしまえば、メリベウスの死後にその復讐のため立ち上がる人間など出て来ないだろう。……プルーデンスのこの忠告は、精神面ではなく戦術面に触れており、異色である。
  • 復讐権は法にあるのだから裁判官に委ねるべき。またメリベウスは権威ある者なのだから、法を無視はできない。この話の流れで、法治主義の概念が出て来るのには驚きました。
  • 復讐は更なる争いを産む、損害も広がる。
  • そもそもこの襲撃は敵の憎悪から生じたのだから、復讐すると憎悪や復讐がまた生まれる。
  • 今回の事件の根本原因が何か、それについて敵と会話した場合に敵がどう反応するかはプルーデンスには判断ができない。

ここから、会話は忠告者や忠告の評価から離れて、話は復讐そのものの是非に及ぶ。忠告/助言の形式を採ってはいるが、夫の発言や質問も増量し、会話は徐々にディベートの様相を呈してくる。

  • メリベウスとは「蜂蜜を飲む者」という意味であり、富・喜び・名誉という蜂蜜に酔い痴れたメリベウスが創造主イエス・キリストを忘れた結果、主がメリベウスから顔を背けて、今回の事件が起きたのではないか。……出たよカルトの考え方。
  • メリベウスの「復讐には抑止力がある」という主張に対し、復讐する権利は裁判官にのみあると、法治主義が重ねて主張される。
  • メリベウスは不服で、「自分は運命の女神に育てられてきたのだから、今回も運命の女神が助けてくれるだろう」と主張。プルーデンスは、運命の女神は移ろいやすく信用できないとする。つまり運は不確かなので当てにするなと言っている。加えて「復讐はわたしのすることである」との神の言葉を引く。
  • メリベウスは「非道に黙っているのは更なる非道を勧めるようなものだ、忍耐してばかりだと人からも甘く見られる」と主張する。プルーデンスは、過剰な忍耐は良くないと認めるが、法治主義を重ねて主張する。また仮に復讐権をメリベウスが持っていたとしても、先述の戦術面の不利があると指摘する。
  • そもそも争いは避けるべきである。
  • 艱難は先述の通り思し召しなのだから、忍耐すべきだ。……カルトの考え方だが、お布施しろと言われないだけマシなのだろうか?
  • メリベウスは「言っていることは正論だがそんなの無理、自分は復讐しないと気が済まない、相手がやったことを自分がやってどこか悪いのか(大意)」と反発する。気持ちは痛いほどわかる。ここまでずっと、プルーデンスは正論棒で夫を殴り続けているんですよね。これに対しても、プルーデンスは、メリベウスの言葉は心の向くままの発言でしかなく、乱暴な行為は悪であり、今のメリベウスの防御は身を守るためではなく復讐のためであり非理性的だ、忍耐が善だと正論で返す。
  • メリベウスは、「他人事の場合ならそれでもよいが、今回は自分の事だぞ(大意)」と反発し、自分は敵より富裕で力もあるので、復讐しても自分が危機に瀕するとは思えないと言う。プルーデンスは、「こいつ敵なめてんな(大意)」と見て取って、貧乏は災いをもたらすが富は確かに、立派な人が得る分には良いよねと事実上宥めてから、以下のように諭す。議論のあるところだとは思うが、今回の件には直接は関係なさそうな事項が多く、チョーサーがこのエピソードから汎用的な教訓を与えようとしているように思える。
    • 富はじっくり獲得すべきだ。今回の件には関係なくない?
    • 富は努力によって得るべき、他人を加害して得ることもNG。今回の件には関係なくない?
    • 怠惰はダメ。
    • 富を得た後はケチもNG、浪費もNG。ほどほどが一番。今回の件には関係なくない?
    • 貪欲も避けるべき。富はあの世に持って行けない。今回の件には関係なくない?
    • 富を用いるときは、神、良心、名声を意識すべき。今回の件には関係なくない?
    • 自分の富を頼んで戦いを始めようとしているように見受けられるが、富んでいるなら他の手段も使えるはずで、にもかかわらず戦うのはよろしくない。
    • 勝負の勝敗は神の御手にあるのだから、神の愛に相応しいか否か明らかでない以上、戦いを恐れるべきである。
    • 偉人も戦いでは普通に殺され得るのだから、危ない。

メリベウスは、じゃあどないせえっちゅうの(大意)?と妻に訊く。プルーデンスは敵と和解せよと言うが、これにメリベウスは大反発。

今やわたしはお前がわたしの名誉や名声を愛していないということがよくわかった。(中略)わたしが身を低くして彼らに従い、お慈悲を乞うようにお前は望むのか。確かにそれはわたしへの名誉とはならないだろう。なぜなら「過度の親しみは軽蔑を生む」と人が言うように、あまりにも謙遜し身を低くすれば軽蔑を生むこともまた当然であるからだ。

ここに来てメリベウスも正論を繰り出したようだ。そしてプルーデンスは怒った様子こう反論する。遂に論戦状態になりましたね。後述の通り、メリベウスはすぐへこたれるんですが。

  • 自分はメリベウスの名誉と利益を愛している。あなたも他の人も、まさかそうじゃないと言わんだろうな?
  • 「不和は他人から始まり、和は自分から始まる」「力の限り平和を求めろ」とは古から賢人が言っているじゃないか。
  • メリベウスから詫びを入れろなんて話、誰もしてへんがな(大意)。
  • あなたは私のためには何もしてくれへんよな(大意)。……プルーデンスさん、割とキレてますな。

今度はメリベウスが宥める側に回り、どうか何でも言ってくれ、お前の望む通りにすると言う。ソロモンの言葉まで引いて妻を賞賛する。つまりはタジタジである。プルーデンスは怒っているのではなく叱っているのだ*8と言って、以下のように助言を続ける。

  • 敵と和解すべし(繰り返し)。
  • 人目に付かない場所で、わたしが敵と話してみる。
  • 敵はメリベウスの意思を今のところは知らない状態なので、ここでプルーデンスと敵との会見で敵の思惑がメリベウス側にわかれば、より一層適切な手を打てるようになるはず。

メリベウスは承諾し、プルーデンスは敵に使者を送って秘密裏に会見の場を持った。プルーデンスは敵に、平和の利益や戦争のリスクを説き、メリベウス・プルーデンス・娘に対する悪事についての後悔をどう示すべきかを丁寧に語った。以下、その後のやり取りの概要である。この後、敵側は納得して後日の会見のために帰る。

  • 敵側の発言:親切にありがとう。こちらにはメリベウスの言葉や命令に従う用意がある。しかし、与えた損害の原状復帰は無理だし、メリベウスはこちらを深く恨んでいるはずだから、苦痛を与えようとして来るはずだ。相続権を破棄させられたり、破滅させられたりすることのないよう、プルーデンスに女性らしい忠告*9を頼むことはできるか?
  • プルーデンスの応答:古来、自分のことを他人に委ねるなと言われているが、それでも夫に委ねることを忠告する。自分の夫は寛容だし(大意)、自分の助言なしには何もしないと思う(大意)。……自分の夫を傀儡だと言ってないかこれ?
  • 敵はこのプルーデンスの応答に安心したのか、メリベウスと会って処分を受けると決めたと言う。

プルーデンスはメリベウスに敵の様子を伝える。メリベウスは、敵の態度は確かに立派で斜面に相当するぐらいだが、友の意志や同意なしに処分は決められないとする。プルーデンスは我が意を得たりと喜ぶ。忠告なしに和解するのは、忠告なしに戦争するのと同様ということである。

さてプルーデンスは少数の信頼できる者を読んで状況を説明し、どうすべきか助言を求める。彼らはよく相談した後、メリベウスが慈悲を与え敵を許すことで一致した。プルーデンスはこれを喜ぶと共に、使者を送って会見を調整するよう助言する。その通り事は運び、敵はメリベウスに謁見することになった。

さて時を移さず敵はメリベウスの館にやって来た。彼らは彼らで賢人の友を幾人か連れて来ていた。メリベウスは罰を受けるよう自分とプルーデンスの意思に委ねるか敵に問う。敵のうち賢い者が答えて、自分たちの罪を認め、メリベウスの支配に身を委ねる、ついては慈悲を願うと言う。この際彼らはメリベウスを「主君」と呼びかけており、傘下に入ることを申し出ているように見える。

メリベウスは優しい態度で彼らを絶たせて、判決日を決めて敵を帰す。頃合いを見てプルーデンスは、メリベウスにどうするつもりか訊く。

  • メリベウス「相続権を奪い、永久追放にする」……赦すとは何だったのかと思うが、死刑や三族皆殺しでないだけマシという感覚なのだろうか。
  • プルーデンスは、それは残酷で反理性的だと説く。
  • 相続権:メリベウスは既に富んでおり他人の財産など要らないので、そんなことをすれば貪欲と言われる。
  • 追放:彼らの支配権を得たことに鑑みれば、追放は理性を外れている。服従を望むならもっと寛大でなければならない。
  • どうか自分の心に克っていただきたい(最後の審判を念頭に)。

メリベウスはプルーデンスにすぐ同意し、期日にメリベウスの前に現れた敵を前に、事件のことを完全に許す。

この悲惨な現世においてわれわれが神に対して犯した罪を神がその無限の慈悲の心からわれわれが死ぬその時に、お許し下さるようにとの願いをこめてである。というのも、(中略)神はわれわれの科を許し給い、われわれを終ることなき至福へともたらし給うことは疑いなきことであるから。アーメン。

総評等

事程左様に長い。しかもお気づきだろうが、章立て・部立てがなく、ダラっと続く。宗教的説教色が強く、現代人それも異教徒にいかほど楽しめようか、という気もする。また、ここで示された寛容はまあ多分やると敵に後で刺されて終わるだろうなとも感じる。そして、しばしば退屈だ。

とはいえ、メリベウス/プルーデンス夫妻が途中でちょっと喧嘩腰になるのはちょっと楽しかった。『カンタベリー物語』は社会的名誉が高い人物の話は、教訓を垂れるためだろうが登場人物が駒のようで人間味に欠けがちだ。この点で、社会的評価の低いorその誠実が疑われている人物による話の方が、登場人物が活きていて、現代人or異教徒でも楽しめる。だがその傾向にもかかわらず、高貴な登場人物にも人間味が感じられる場面がある。「メリベウスの物語」の一部もそれに該当する。嫌いじゃないです。

それはともかく、娘さんはどうなったんでしょうか。

*1:では致命傷なのか、ソフィエは死んでしまうのかというと、どうもそうではないらしい。何かの隠喩かもしれない。

*2:当時の医療水準を考慮して読むべきである。

*3:最高の善は神一人を除いて存在しないので、ソロモンの発言を根拠に女性を否定するのはおかしい、というロジックだ。

*4:そんなこと言ってた?

*5:だってわざわざ「これは、これは」とか言うんですよ。

*6:戦をする人は、イエス・キリストの守護がなければ身を守ることなどできないから、というロジックである。神頼みの優先順位が高いこの感覚は、日本の武将にもあったことだろう。

*7:高慢は七つの大罪なので、この指摘は現代人が思う以上に重いと解釈したい。

*8:ここでプルーデンスは、怒るのは愚かで、叱るのは価値ある行為、更には「愚か者は人の悲しみを見て行動を律する」とさえ言う。これメリベウスを愚か者と言ってません? いやあだいぶキレてますね。

*9:政治的な意見なんか死んでも読みたくない人は、この注記は飛ばしてください。岸田首相は女性を閣僚に任命するに当たり「女性ならではの感性で」と言ったわけですが、14世紀の中世人並みのジェンダー感覚なんだなと思いました。