不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

カンタベリー物語 免罪符売りの話/チョーサー

免罪符売りの話の序

医者と免罪符売りに対する宿の主人の言葉

宿の主人は、先ほどの医者の話に悲憤慷慨する。そりゃそうだ。これまでで最も救いのない話でしたからね。かなり動揺しており、これまでで恐らく最長の長台詞でその感情を語る。そしてすぐに次の話、それも楽しい話を聞かなければならないと言い、冗談話をしてくれと免罪符売りを指名する。免罪符売りは一杯飲んだ後ならと受諾するが、上品な人たちが抗議の声を叫ぶ。下卑た話はやめて、何か教訓話を所望するのだった。免罪符売りはわかったと言って、飲んでいる最中に考えないといけないと言う。

宿場なのか単純に街なのか不明だが、一行には食事休憩が近付いており、免罪符売りは食事の後に話をすることになるようだ。

免罪符売りの話の序ここに続く

免罪符売りは、自分が教会で説教をする外題は常に同じ、「すべての悪の根は金銭を愛することにあり」(『テモテへの手紙』第六章)であり、全部宙で覚えているという。話の内容も固定化されており、自分がどこから来たかを述べて、教皇の勅書を全て見せる。その後に、教皇枢機卿大司教・司教らの免罪符を見せて、ラテン語を交えて話に風味を添える。聖なるユダヤ人の羊の肩の骨も持っており、それを見せながら骨の効能について話す。そして罪について警告し、免罪符を売り込むのだ。

免罪符売りは言明する。自分の意図は単に儲けることであって、罪を矯正することではないと。説教はしばしば悪い意図の元におこなわるとも悪びれず。

そして、自分がやっている悪徳と同じだからこそ、自分は「すべての悪の根は金銭を愛することにあり」と説教することができるのだと居直る。そして彼は説教で、遠い昔の古い物語をよく例にとる。無知な人は昔話が好きだからだ。免罪符売りは、自分が貧乏暮らしをするのは真っ平御免だと嘯く。免罪符売りは、その金儲けのための説教に使っていた話をここでするという。

免罪符売りの話ここに始まる。

フランドル地方で、若者の一団が、飲めや歌えの大騒ぎをやっていた。暴飲暴食に好色の炎、まさしく悪魔の手先といった風情である。この後、免罪符売りはストーリーから離れて、酒により色事の罪を犯した昔の有名人とそのエピソードを何人も紹介する。博打の話や、偽りの誓いの話も同じようにする。その後、免罪符売りは元の話に戻って来る。

三人の無頼者*1は、朝六時のずっと前から居酒屋にたむろして酒を飲んでいた。そこに墓に運ばれていく途中の死体が通りかかる。無頼者の一人がこの死体が誰かと居酒屋の召使の男の子に聞くと、その子は、死神と呼ばれる殺し屋に昨晩殺された盗っ人だと教えてくれた。この際、男の子は死体の主を「あなたの旧い仲間だった方ですよ」などと言う。お前も盗っ人だよなと言っているようなもので、結構度胸あるなこの子。死神はここのところの疫病*2の間に千人もの人を殺したという。男の子の話は居酒屋の主人も本当だと請け合う。そして、死神の住処は、一マイル以上離れた大きな村の近くにあると推定する。男の子も主人も、死神には気を付けた方が良いと助言してくれる。

だが、無頼の徒は、そんな奴など何するものぞと、三人で力を合わせて死神を殺してやろうと神かけて言う。三人は固く誓いを交わし、死神の住処を探しに向かう。だが彼らは、半マイルも行かない内に貧しそうな老人に出会って調子が狂い始める。老人は彼らに、何だってそんなに長く生きているのかと絡まれて、死神すら自分を殺してくれないと嘆く。老人は、老人に危害を加えないよう忠告するが、三人組は、お前は死神の話をした、だからお前は奴の回し者だと一層絡み始めた。ちょっと無理筋では?と思うがいちゃ文とはこのようなものであろう。老人は彼らに、死神が茂みの中の木の下にいると言う。言う通りに木の下にやってきた三人組は、そこでフロリン金貨を山と発見する。

ただ三人組は、自分たちのような人間が大金を持って移動すると怪しまれることを自覚しており、適当な保管場所に運ぶのは日中を避けて夜にすべきと決める。そして籤で、街に戻りパンとワインを持って戻って来る人間を選ぶ。それは、最も若い者になった。

さて木の場所に残った二人は、二人で協力して、今いない若い奴を刺し殺して、宝を山分けすることに合意する。他方、街に戻った若い男は、他の二人を毒殺して宝を独り占めすべく、偽りの目的を述べて薬屋から毒をせしめて、ワインに混入させる。そして、若い男が他の二人の元に戻ると、二人は若い男を計画通り殺害。そして若い男が持って来たワインで祝杯を上げて、二人とも毒で死んでしまう。

ここまでをいつもの調子で語り終えた免罪符売りは、ここからもいつも通り話す。つまり、巡礼団に免罪符を売りつけようとする。宿の主人は激怒、免罪符売りに実質的な罵声を浴びせる。免罪符売りは物も言えないぐらい激怒、一触即発となるが、他の巡礼団は笑い、騎士が仲介して、宿の主人と免罪符売りは接吻して和解する。馬に乗り旅は続く。

話の流れでいつも通り免罪符の商売を始めようとするのには笑った。三人の無頼の徒のことを具体的に語っている部分はともかく、その前後は非常に説教臭い。ここはリアリティがありそうだ。死神と老人の正体が不明なまま終わるのは、良い意味で気持ち悪くて良かった。そしてやっぱり、当時はフランスとの距離感が近いのだと感じられます。この話も、普通にフランドル地方が舞台ですからね。百年戦争はまだ続いている……。

 

*1:彼らは当然のように酒飲み、かつ博打うちでもある。免罪符売りが、序ではなく話の中の前振りで触れた、暴飲暴食&博打の罪に抵触している人間なわけである。

*2:ペストのことと思われる。