不壊の槍は折られましたが、何か?

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デイヴィッド・ジンマン/チューリヒ・トーンハレ管弦楽団 シューベルト:交響曲第8番ハ長調《グレイト》

 2012年3月、トーンハレでのセッション録音。このコンビは2年かけて交響曲全集を録音しており、これはその完結篇に当たる。
 調性に非常に敏感な演奏であり、転調する度に雰囲気をかなり積極的に変えて行く。また和音についてはパートの分解能を高めており、協和音であっても音の衝突として設計しているのが面白い。ビブラートも控えめ、ホルンはゲシュトプフトを多用、ティンパニは硬いばちを使用など、古楽から影響を受けた奏法も健在である。結果、音自体はざくざくした乾いたものになっていて、それが弾むように流れて行く。ただし表情付けはしっかり為されていて、メロディーラインの歌い込みも(リズミカルではあるが)疎かにされていない。先述の調性への鋭敏さも手伝って、ノリントンのような愉快さばかりではなく、結構シリアスな雰囲気に包まれる瞬間も多々ある。特に第二楽章などは、楽譜にない装飾音型を例によって付け加えているものの、それも込みで仄暗く、また味わい深くさえあるのだ。いざという時の迫力にも欠けていない――どころか、弦の低音部の厚みからすると、編成自体が結構大きいような気もする。よって重量感も相当あるのだ。だから第一楽章コーダやフィナーレのコーダでは、音楽は相当な巨大さを獲得する。これは大変に充実した演奏である。個人的に注目したいのは、息が浅くフレージングが短めであるにもかかわらず、シューベルトのメロディーを必要十分に歌い込んでいることだ。それはスケルツォ主部でも、フィナーレでも同じである。おかげでこれほどリズミカルな演奏にもかかわらず、シューベルトの旋律もしっかり楽しめてしまうのだ。オーケストラの音色が終始引き締まり、ノーブルな色香すら感じられるのも素晴らしい。そして乾き気味の音ながら、彼らなりの美感はどんな瞬間にも決して失わないのである。録音の良さにも触れておきたい。ホールトーンの美しさ、各楽器のニュアンス、ハーモニー全体のクリアさなどをしっかりと収録しており、何の文句もない最上の録音状態が最初から最後まで維持されている。いい仕事だ。
 以上の特徴は、他の交響曲7曲いずれにも言えることであり、そしてそれぞれに魅力的である。調性に敏感という特徴が、大抵和やかに一定の雰囲気で演奏される初期6曲から、聴いたことのない表情を引き出している。古楽器を使ったミンコフスキですら、初期交響曲はまろやかに再現していたこともあり、現代楽器を使ってのジンマンのこの表現はなかなか斬新だと思う。また《未完成》も、かなり速いテンポながらやるべきことは全部やっていて、あの暗い旋律美を十全に表現している。実に良い。というわけで、全8曲聴き応えのある演奏となっており、全集としても大変素晴らしい。加えて、交響曲以外にも、ヴァイオリンと管弦楽のためのロンド イ長調 D.438、ヴァイオリンと管弦楽のための協奏曲ニ長調 D.345、ヴァイオリンと管弦楽のためのポロネーズ ロ長調 D.580が収録されている。ヴァイオリン独奏はコンサート・マスターのアンドレアス・ヤンケである。こちらも大変すっきり引き締まった演奏で、素敵だ。ロザムンデ関連の楽曲でないのも乙だ。というわけで、ベートーヴェンシュトラウスシューマンでこのコンビを高く評価しない人でも、このシューベルトなら行けるんじゃないかしら。装飾音型を絶対に許さないという人には、今回もお疲れ様ですと申し上げるほかないけれど。