不壊の槍は折られましたが、何か?

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エーリヒ・クライバー/ケルン放送交響楽団 シューベルト:交響曲第9番ハ長調《グレイト》

Amazon.co.jp: Erich Kleiber: Decca Recordings 1949-1955 : エーリヒ・クライバー: デジタルミュージック

 1953年11月23日、WDRフンクハウスの第1ホールでの収録である。たぶんライブ。会場の所在地はケルンということらしい。
 非常に素晴らしい演奏で、エーリヒ・クライバーがいかに名指揮者であったかをはっきり示している。第一楽章序奏からして引き締まった音楽になっているのがわかり、以降も概ね鋭い表現である。ただし旋律線が歌い込まれていないわけではなく、イタリア人指揮者顔負けのカンタービレを全篇で聴かせる。しかも元気溌剌なものから哀しげなもの、寂しげなものなど表情付けは様々に施されていて、それらが高いテンションでストレートにまとめ上げられていく。テンポがさほど速くないにもかかわらず、推進力が強いしリズムも前傾姿勢を保っているため、かなり快速の演奏に聞こえるのが面白い。一言で本演奏の特徴を表すとするなら、キレッキレ、といったところであろうか。モノラル録音なのでハーモニーの美感とその程度があまり伝わって来ないのは惜しいところだが、少なくとも、《指揮者の個性的解釈の助けをさほど借りずに、聴き手をエキサイトさせてくれる名演奏》という意味では、モノラル期を代表する録音の一つと言えるだろう。
 カップリングは、1956年1月7日の《フィデリオ》序曲、および《グレイト》と同日収録の《ヴォツェック》からの3つの断章である。前者は全曲演奏時のもので、後者ではソプラノ独唱をアンネリース・クッパーが務めている。少年合唱および子供は、少年合唱(Knabebchor)とのみクレジットされています。《フィデリオ》序曲は生命感に満ちたもので、聴いているだけで心が浮き立つ。それほどテンポは速くないし、リズムも取り立てて弾んでいるわけでもないのに、不思議なものである。《ヴォツェック》は言葉にできないほどの絶品。青白くてらてら怪しく光るような響きが、背筋がぞくぞくさせてくれます。「さすが初演者」などという通り一遍の言葉では済まされない、楽譜の読みとそれに関してのオーケストラへの伝達能力。エーリヒ・クライバーのとんでもなさは、この《ヴォツェック》だけでも十分すぎるほどわかる。クッパーの独唱も大変魅力的、少年の声も強烈で悲劇性を高めている。また伴奏もいいんだ……。