不壊の槍は折られましたが、何か?

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ハンス・クナッパーツブッシュ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 シューベルト:交響曲第9番ハ長調《グレイト》

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 1957年10月27日、ムジークフェラインザール、ウィーンでのライブ録音である。当然モノラル。カップリングはフランツ=シュミットの、ハンガリー軽騎兵の歌による変奏曲。
ハンガリー軽騎兵の歌による変奏曲》は、マニアックな演目だと言ってしまって構わないだろう。私はこの音盤で初めて聴く。魅力的な瞬間は多々あるのだが、正直申し上げて曲自体に若干とりとめがなく、これで演奏時間25分というのはちょっと長い。それでもなかなか面白く聴けはする辺り、作曲家も演奏家もさすが。録音はモノラルながら、ウィーン・フィルが結構共感に満ちた音を出しているのはわかる。「共感に満ちた」という表現がお嫌いな方のために、こう言い換えてもいい。オーケストラが結構真剣に、しっかりと弾いているということだ。声(じゃないけど)が腹から出ているというか。そういうことがわかる音で録れているということでもある。先日のシューリヒトのステレオ録音など問題にならない。というかモノラル録音のライブに完敗するって、コンサートホール・ソサエティの録音はどんだけ酷いのか。
 演奏及び録音の傾向は《グレイト》でも同じである。というか、演奏には更に力が入る。演奏時間自体はそこまで遅くないのだが、リズムが後ろに倒れているうえ、呼吸感が深いこともあって、実態以上にゆっくりとした時間が流れる。そんな中で、《グレイト》は悠然とした歩みの大ぶりな音楽に転じている。クライマックスでテンポを落として《ため》を作りつつ、高らかにその場面のモチーフを歌い上げるデフォルメもばっちり決まっている。クナッパーツブッシュらしい個性的な演奏に仕上がっており、音楽は岩山のように聳え立つ。この《グレイト》であれば、ブルックナーの後期交響曲からの距離がそう遠くないと実感できる。
 印象的なのは、あの気位の高いウィーン・フィルが、他の誰よりもウィーンの作曲家であるシューベルトの代表的交響曲において、これほどまでに特徴的な解釈に一々全力で付き合っていることだ。ザッツは結構ずれてますけど、それらの疵が気にならないほど、やる気にあふれた演奏であると思います。ウィーン・フィルといえば高貴な音だし、ウィーン自体ドイツ語圏における大都市だが、ここで聞かれる音が結構田舎くさいものであるのも興味深い。やっぱり指揮者の色に染め上げられているんですかねえ。それとも、音の印象は結局、音そのものではなくて解釈に大きな影響を受けるということか。曲よりも指揮者の個性を聴くべき音盤であり、その限りにおいては大変素晴らしい演奏だと思う。