不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

東京都交響楽団第719回定期演奏会

19時〜 東京文化会館大ホール

  1. リスト:ピアノ協奏曲第2番イ長調S.125
  2. (アンコール)リスト:巡礼の年第1年《スイス》S.160より第2曲《ヴァレンシュタット湖畔にて》
  3. リスト:ファウスト交響曲S.108

 今年はリスト・イヤーなのでこういうプログラム。後半が交響詩尽くしでも良かったように思いますが、やはり特別な年には特別で大規模な曲を、ということなんでしょう。
 演奏は前半から充実の極み。グローはクリアなタッチで、右顧左眄せず奇も衒わず、リストの楽想を正面からしっかりと弾き込んでいた。テクニックのひけらかしは全くなく、かといって技術的な不足も皆無、誠実でそして美しいひと時を過ごせた。レジデンス・コンダクター指揮下の都響も充実した過不足のないサポートを見せて、久しぶりにこの曲を堪能しました。なおグローはアンコールも素晴らしく、楽曲をがっちりと把握してこれを高い技術で克明に弾き込む姿勢は協奏曲と同様でした。これは是非リサイタルも聴いてみたい。
 後半も素晴らしかった。演奏時間が1時間超える曲で、楽章も3つしかないので、ややもすると退屈しがちな曲なんですが、小泉は楽譜とがっぷり四つに組み、都響の充実したアンサンブル*1を前提とした、速めのテンポによる、メリハリがくっきりした、剛毅で堅牢、見通しの良い音楽を引き出していた。ファウスト・グレートヒェン・メフィストフェレスの各楽章の描き分けもまずは十全。小泉和裕、こんなに良い指揮者だったんですね……。なお交響曲も協奏曲も暗譜でいらっしゃいました。どちらもあまり演奏しないだろうに、ひょっとしてリストお好きなのか? 残念だったのは声楽陣。福井敬さんはでかい声張り上げる時がどうにも美感に欠けており音程も少々微妙、二期会合唱団はでかい声の時の力感はなかなかでしたが弱音が雑でした。
 とはいえ声楽が出て来るのは最後の数分だけ。声が良くないと全てがアウトになってしまうような曲でもないし、これは致命傷には全く及ばない瑕疵と考えるべきでしょう。素晴らしい演奏会となったのは動かないと思います。ピアニストも指揮者もオーケストラも、そして不満はあるが声も、変なことは全くせずに徹頭徹尾正攻法で勝負していた演奏会だったのも印象的です。このプログラムでここまで楽しめるとは正直全く思っておらず、嬉しい誤算というか、不明を恥じるというか、とにかくそんな気分。
 ドイツ人ピアニストのマルクス・グローは、今回の公演に際し、かなり長文のメッセージを寄せています。従来外来演奏家が3.11以後に出すメッセージは、東日本大震災でショックを受けた日本の音楽愛好家を励ます内容になるのが普通でしたが、マルクス・グローは震災云々を無視して、反原発のために共に立ち上がろうと言っています。原発要否にここまで踏み込むのはメッセージの政治的な色合いを強める行為に他ならず、賛同のみならず反感も買うでしょうが、そのリスクを冒してまで反原発の旗幟を鮮明にしたかった、やむにやまれぬ衝動がマルクス・グローにはあったのでしょう。また、その衝動がなければ、彼は日本に来なかったのかも知れません。意見への賛否はともかく、尊重してあげたいと思います。少なくとも「音楽とは無関係な、こんなメッセージ出す演奏家のコンサートなんて二度と行かない!」と言わないぐらいには。

*1:弦も木管金管も、今日は本当に良かった! 鳴り切ってましたね。