不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

都響スペシャル

サントリーホール 14時〜

  1. ブラームスハイドンの主題による変奏曲op.56a
  2. ベルク:ヴァイオリン協奏曲《ある天使の思い出に》
  3. (アンコール)J.S.バッハ無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004よりサラバンド
  4. ブラームス交響曲第1番ハ短調op.68

 アラン・ギルバートは推進力を重視しつつも、特に弦に対して濃やかな陰影付けを指示しており*1、特異な解釈は一切施されていないものの、非常に濃厚な味付けになっていた。リズムが元々重めな指揮者でもあるので、最終的に受ける印象は実に雄渾。この傾向は最初のハイドン・ヴァリエーションから顕著に出ており、各変奏の描き分けもかなり細かくおこなわれていて、たいへん楽しめた。
 続くベルクでは、やはり何といってもFPZの独奏に尽きる。トロトロとクールの中間を行く表現で、もっとキリキリ楽想に入って行ったり、楽曲全体をより構成的に見通す演奏もあり得ると思うが、ツィンマーマンは中庸を行く。しかしベルクの曲は必要十分に伝わって来て、最後の浄化は本当に美しかった。こういう演奏、実はなかなか聴けないんですよね。アンコールのバッハも素晴らしい。この人でバッハの全曲演奏を聴きたいものだが、チャンスあるかしらねえ。
 後半のブラームスは、多少の瑕は見受けられたが、ほぼ完璧な出来栄え。ハイドン・ヴァリエーションで聴かせた情熱的で強い推進力と濃やかなニュアンス付けが一層昂進し、弦の各パートは大健闘と言って良い仕上がりを見せて、ブラームスの何たるかを十全に開陳。やはりこの曲はヴィオラやチェロなど、内声部が映えると本当に立体的な音楽になりますね。オーボエとホルンも良かった。そう言えばギルバートは、ホルン以外の金管を基本的には抑え目に吹かせて、ここぞという所でのみ前に出て来させていたと思しく、これまたなかなか面白かったと思います。どの楽章も素晴らしかったけれど、個人的に印象深かったのは第二楽章の弦の音色で、ハッとするほど温かく柔らかかった。というわけで、久々にブラームス交響曲正攻法で堪能したように思います。歳を取ると、この交響曲ブラームスベートーヴェンの影におびえて、本来の彼の芸風とは異なる、終末歓呼型の「苦しみを通して、歓喜を持って終わる」曲に仕上げたような痛々しさあるいは無理を感じるようになるんですが、今日の演奏は全てが作曲者の本音に聴こえました。
 ところで、特に交響曲の第1楽章やフィナーレでは、ギルバートは弦にもう一段激しい抑揚を付けたかった模様だが、そちらには都響は対応できていなかったように思う。いや無論頑張ってはいて、聴いている段には不満など皆無なわけですが、ここでギルバートの追加要望に応えられるか否かが、日本のオーケストラとニューヨーク・フィルとの格差なのかなあと思いながら聴いてました。いや、ニューヨーク・フィルがこれに応えられるかどうかは聴いてないからわからないんですが。
 ベルクの最後の最後、演奏が終わって会場が静寂に包まれている中でデジタル時計の3時のアラームを鳴らした1階席の馬鹿、交響曲フィナーレ序奏のピツィカートで会場が息を呑んで集中し始めたのにプログラムを派手な音立てて落としたこれまた1階席の愚者(この騒音に続けとばかり途端にゲホゲホ各所で咳が始まったのもいただけない)には、なるたけ早く死んでいただきたい。

*1:ヴァイオリン出身の指揮者らしいワザである。