不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ケント・ナガノ、青学オケを振る

15時〜 青山学院講堂

  1. ドヴォルザーク交響曲第9番ホ短調op.95《新世界より
  2. J.S.バッハ(野平一郎編):フーガの技法BWX1080より《コントラプンクトゥス XIV》
  3. 本居長世(J.P.ペンテュス編):七つの子
  4. 山田耕作(J.P.ペンテュス編):赤とんぼ
  5. 本居長世(J.P.ペンテュス編):赤い靴
  6. 本居長世(J.P.ペンテュス編):青い眼の人形
  7. 草川信(J.P.ペンテュス編):夕焼け小焼け
  8. (アンコール)作曲者不詳:さくらさくら*1

 東日本大震災復興支援チャリティ・コンサートとして開催されたもの。今年9月にバイエルン州立歌劇場の来日公演がおこなわれる予定になっており、そのプロモーションで来日していた同歌劇場音楽監督ケント・ナガノが、「日本のために何かやることはできないか。若者を振るとか」と提案し、本日の演奏会に至った模様。プロのオケを採用していないのも、ケント・ナガノの心意気のようです。そしてそれは、演奏に先立って主催者から読み上げられたメッセージにある、音楽界に限らず日本の未来を担う若者の「可能性に賭けましょう。彼らこそが、日本のこの素晴らしい文化的な伝統を受け継ぎ、現状にとどまることなく、さらに輝かしい未来を担っていくのですから」言葉に、本日の演奏会が開かれた理由が端的に表れています。
 青山学院管弦楽団はどうもインカレのようで、青山学院大学青山学院女子短期大学のみならず、他大の学生も所属しているらしい。そして彼らは5月15日に春の定期演奏会で《新世界より》を弾いていたらしく、この曲に関しては、忘れてさえいなければ「既に出来上がっている」状態にあるわけで、だからこの短期間(ナガノがやろうと言い出してから演奏会まで数週間しかなかった模様)で何とかなりそうとの目算が成立したのでしょう。
 その演奏ですが、《新世界より》は素晴らしかった。もちろん音大では全くない大学の一般学生によるオケですから、技術的には万全とは程遠く、金管はホルンが恒常的に惨状を呈し、他の金管もラッパラッパした音しか出せない。木管もニュアンス豊かにたゆとうなんて真似はできず音を置くことに四苦八苦、弦もしばしばずれる。打楽器も微細なコントロールはできていない。それでも、ちゃんと音には強弱を付け、旋律には抑揚を付与、合わせるだけじゃなくてちゃんとアンサンブルになっていて、そしてここも重要なんですが、指揮者の指示にちゃんと反応していたように見えました。……比較するのは本当に申し訳ないんですが、去年聴いた東京学芸大学管弦楽団は、ぶっちゃけ最終鬼畜全部フォルテとなってしまって、一本調子極まりなかったんですが、青山学院管弦楽団の技量は個人レベルでもアンサンブル全体としても、遥か上を行っていました。非演歌ベクトルでの熱気と共感あふれる、骨太にして活きの良い《新世界より》が、一気呵成に描き上げられていて正直、感動いたしました。純粋な交響曲として真正面から楽譜にぶつかったその姿勢は、ケント・ナガノによる解釈でもあったはず。彼がプロのオケを振ると、細部のニュアンスが更に付加されて、かつ各パートの透明度が桁違いに上がるんでしょうが、今日の一期一会に賭けた想いの強い演奏は、私にはかけがえもなく、そして忘れがたいものになりました。実際、終わった時の拍手は凄かった。フィナーレ、指揮者が手を下ろすまで拍手が始まらず、余韻に浸れたのも聴衆の感銘の深さを物語っていたように思います。
 後半の《フーガの技法》は、震災犠牲者への追悼演奏として拍手を控えるように言われたんですが*2、残念なことにアンサンブルが崩壊。フーガになっていない箇所が散見されました。合奏でフーガやるには、プロ並みのテンポ感とリズム感がないと難しい、ということがよくわかったように思います。
 プログラムの最後は、藤村実穂子による日本歌曲5曲(+アンコール1曲)。白眉はアンコールでしたが、いずれの曲もたいへん素晴らしかったです。この人は本当に上手く、臭くならない範囲で切々と歌い上げており、目頭が熱くなる瞬間も何度か。加えて、青学オケも復調しており、「日本人が編曲したら多分こうはならないんじゃないかなあ」という近代的な編曲をしっかり堪能できました。声楽が負けないようにとの配慮でしょう、音量が抑え気味だったのも素晴らしいです。「アマチュアなのに音量を控えることができる」、これがいかに素晴らしいことか!
フーガの技法》を除き、テクニック面でも予想を遥かに上回る、感動的な演奏会であったと思います。コンミスがあまりにもコンサート慣れしていなかった*3のはご愛敬。学生オケらしく、しかし演奏会の趣旨からすればこの「らしさ」こそが素晴らしい、という魅力的な時間を満喫させていただきました。感謝申し上げます。

*1:すまん編曲者がわからん。

*2:しかしここで説明にしに来た女性は、何かを勘違いしてたんじゃないかなあ。「バッハによるオーケストレーションが(バッハの死により)おこなわれませんでした。ですが野平一郎さんによって完成されたのです」とか、明らかに色々ゴッチャにしてる。終わらなかったのはオーケストレーションではなく作曲そのもの。加えて作曲者は楽器編成を指定していないだけで、楽曲としてはそのまま鳴らす段階まで作曲は進んでました。オーケストレイション前のスケッチ段階では全くありません。さらに、野平さんがやったのは、補筆完成ではなく現代オーケストラ向けへの編曲です。実際に本日の演奏でも、フーガはちゃんと唐突に途切れました。

*3:指揮者や歌手が演奏前後に握手を求めて来るのは分かり切っているはずなのに、立って客席の方を向いていて、ケント・ナガノ藤村実穂子にツンツンされるまで気が付かないとか、アンコールが終わってカーテンコールも2回やった後、客席に礼をするんですがそこでまた座り込むんで、客も拍手を止めればいいのかどうかわからない。もし次にコンミスになる機会があったら、改善しましょうね。