不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

フィルハーモニア管弦楽団来日公演(東京2日目)

19時〜 サントリーホール

  1. ムソルグスキー:禿山の一夜(原典版
  2. バルトーク:《中国の不思議な役人》演奏会版
  3. ベルリオーズ幻想交響曲
  4. (アンコール)シベリウス:悲しきワルツ
  5. (アンコール)ワーグナー:歌劇《ローエングリン》第三幕前奏曲

 極めて強烈な演奏会であった。指揮者がオーケストラを煽りに煽り、オケがそれに必死で食らいつく。その結果、サウンドは毒気に満ちたものとなったが、どんなにえげつない音響になっても、音楽の横の流れは非常にスムーズで、指揮者のスコア・リーディングは確かなものがあったと思う。オーケストラがもう一段上であれば、と思わないでもなかったが、十二分に満足して帰路に着けたのを素直に喜び、感謝したい。
 当夜の《禿山の一夜》は原典版での演奏。つまり、リムスキー=コルサコフが付け加えた白々しいラスト――魔物たちが、朝日と教会の鐘の音により消えて行く――はない。魔物の饗宴は盛り上がったまま、音楽だけが唐突に断ち切られる。オーケストレーションも荒々しいもので、非常に狂騒的な曲なのです。リムスキー=コルサコフ版も悪くはないけれど、個人的には原典版の方が好みかな。
 で、演奏は、テンポ設定がとにかく速い。むちゃくちゃ速い。しかも恒常的にえげつないほどのアクセントを付け、各楽器の打ち込み・弾き込みなどにも強烈なドライブがかかるので、息つく暇がない。まるで《ルスランとリュドミラ》序曲のような突撃ぶりで、呆然としながらも聴き惚れていた。ダークサイドに立つ曲であることもしっかり打ち出しており、悪魔の狂躁をこれでもかというぐらい全力で描き出していたように思う。指揮者の要求にアンサンブルが完全に付いて行けたわけではなかったが、最初から最後まで彼らなりの全力は見せており、手抜き仕事ではなかったため、不快感は皆無であった。より落ち着いたテンポと表情付けで、美麗なサウンドを聴かせることも可能だったろうけれど、サロネンはそんなものより、このハイテンションを欲しがったのだろう。グッジョブである。
 次の《中国の不思議な役人》は、残念ながら全曲版ではなく組曲版。演奏時間は10分ちょいしか変わらないので、どうせなら全曲でやってくれてもいいじゃないかと思いましたが、そういやサロネンは録音してるのも組曲版。これが彼のポリシーなのかしら。演奏の方は、《禿山の一夜》同様、高いテンションと速いテンポ、そして随所に凝らされた凶暴な表情付けが特徴で、こちらは最初から最後まで圧倒されました。指揮者の要求に追い詰められたオケが、それでもなお死力を尽くしていたのも前曲同様であります。瑕は色々あったけれど、この勢いの前には何も言えないと思う。最後の方での、金管の咆哮が印象的であった。
 そして後半はベルリオーズ。さすがに前半の二曲ほどの「突撃」では勝負できないので、特に第三楽章までは丁寧な奏楽を心がけていた場面も多かったですが、基本姿勢はやっぱり前半同様で、随所で出て来る新奇なサウンドを、えげつないほど強調していくタイプの演奏であったように思う。このため、この曲においても、オーケストラのスペックが指揮者の要求にマッチしていない場面が散見されました。しかし楽団員は前半に輪をかけてノリノリで、楽想のメリハリが半端ない。柔らかい音色は結局ほとんど聴けませんでしたが、ここまで凶暴な表情付けだと、楽曲が悪夢を描いているということがはっきり打ち出されていました。凄惨な雰囲気すら立ち込めてましたね。どっしり構えてじっくりなめ回すように楽想を表出して、逆説的に悪夢めいた雰囲気を強調していたインバルとは対照的なアプローチでしたが、これはこれで素晴らしい。

 というわけで個人的には非常に満足したんですが、サウンドが終始ささくれ立っていた(そしてこれは、指揮がオケの技量をオーバーしていたのみならず、ある程度までは指揮者の意向だと思う。あの演奏を、丸みを帯びた美麗なサウンドでやられても困る)ため、駄目な人は駄目だったかも知れない。「汚い」音になることを覚悟の上で、迫力と勢い、そして毒気を優先した凄演であり、曲目もそれを許容するものでしたが、まあ批判派の言うこともわからないではない。
 この世界は本当に怖い世界で、今日のような強烈な演奏を聴いてそれに肯定的な評価を下す私であっても、サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏が最高に上手いパフォーマンスではないことを、経験上確信できてしまう。サロネンベルリン・フィルやシカゴ響、バイエルン放送響、旧手兵であるロサンジェルス・フィルを「同じように」指揮をした場合の方が、数段上の結果が導き出される(まあサロネンがこれらのオケに「嫌われた」場合は別ですが)のは、推測でも推量でも思い込みでもなく、「まだ起きていないだけ」の単純な事実です。こういうことを知っているファンが大量にいるのは、演奏者側としてはたまったもんじゃないだろうなあ……。
 しかしいずれにせよ、フィルハーモニア管弦楽団サロネンは良好な関係を築き上げているようで、当夜の演奏会でも、ヴィオラのトップのねーちゃんをはじめ、演奏中にメンバーが時々「うまく行ってる!」系の笑みをこぼしていたのが印象的でした。2008年から首席指揮者を務めるサロネンが、フィルハーモニア管弦楽団をどう変えるのか。あるいは変えられないのか。要注目です。