不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

リーズ・ドゥ・ラ・サール ピアノ・リサイタル【プロジェクト3×3 vol.2】

19時〜 紀尾井ホール

  1. リスト:バラード第2番 ロ短調
  2. リスト:葬送〜「詩的で宗教的な調べ」より〜
  3. リスト:愛の夢第3番 変イ長調
  4. リスト:ダンテを読んで−ソナタ風幻想曲
  5. シューマン/リスト:献呈
  6. シューマン/リスト:春の夜
  7. モーツァルト/リスト:ラクリモーザ
  8. シューベルト/リスト:セレナーデ
  9. ワーグナー/リスト:イゾルデの愛の死
  10. (アンコール)ショパンノクターン第20番(遺作)嬰ハ短調
  11. (アンコール)ドビュッシー前奏曲第1巻より第11番《パックの踊り》
  12. (アンコール)D.スカルラッティソナタハ長調K.159(ロビーの掲示版ではL.109で表示)
  13. (アンコール)ショパンノクターン第19番ホ短調

 3人の若手演奏家を東京・大阪・名古屋の大都市でそれぞれ1回/年聴き、それを3年続けることで成長の軌跡を追おうというプロジェクト3×3。ちなみにチケット料金は3000円とかなり抑えられております。本来リーズ・ドゥ・ラ・サールはその第二弾だったはずなのだが、第一弾として三月に予定されていたパク・ヘユンのヴァイオリン・リサイタルが地震の影響で延期されたため、これが実質的なスタートとなったものである。ドゥ・ラ・サールは1988年生まれのフランス人ピアニストで、既にそれなりの録音を発表、来日も今回が初めてではない(私が聴くのは初めてですが)。なおピアニスト本人の希望で、近所のプリンスホテル(閉館済)で避難生活を送っている東日本大震災被災者が無料で招待されているらしい。彼らがどこら辺に座っているかはわかりませんでした。
 曲目はご覧の通りリスト一色。生誕200周年を記念してということのようです。若手でリストというと、テクニックを見せ付けるようにバリバリ弾く、というのが半可通の抱きがちなイメージですが、ドゥ・ラ・サールは非常にしっかりとした「音楽」を作ってくれていて、単純な技巧誇示ではない中身のいっぱい詰まった演奏を繰り広げていました。というか《バラード》の最初の音から、深い呼吸と重い音でずっしりとした質感を示し、大いに驚かされたわけです。年齢および容姿から、もっと線の細い音楽やる人なのかなと思っていたんですよね。パッと見もでかい人ではないし。抑揚あるいはコブシの利かせ方という点では、若い世代の音楽家らしく、演歌ではなく節度あるすっきりしたフレージングで押し通していたので、「旋律線に耽溺」したい人は100%満足できなかったかも知れません。しかしどの曲でも、正面から真摯に楽譜に取り組んでいるのがありありと見てとれましたし、リストの暗い情熱を十全に表現する音を出せる人だったように思います。タッチもぺダリングも指の回りも文句なし。というわけで前半は圧倒されておりました。一方トランスクリプション集となった後半は、ときに可愛らしさや羽根のような軽さが不足する瞬間が見受けられました(もっと羽目を外したり、コケティッシュな表情付けしても許されたんじゃないかと思うのです)が、各原曲作曲者のメロディメーカーぶりは堪能できたし、演奏にも熱が入っていて、しっかりと楽しむことができました。前半(ダンテまで)と後半は逆の方が良かったんじゃないかと思わないでもないですが、《イゾルデの愛の死》の官能的にして静謐な表現を聴くと、この浄化されるような空気感を最後に持って来たかったのかなあと思わないでもなかったり。
 リストに関しては、《ラクリモーザ》*1を盛り上がる楽曲として編曲している辺り、少なくとも編曲時点でどのような方向性の音楽家であったか示していて興味深い。ピリオド奏法を踏まえた現代音楽家ならば、このような《ラクリモーザ》は避けて通るだろうし、リストが19世紀ロマン派の人であることを証明しているわけです。
 アンコールはリストから離れましたが、どれもこれも素晴らしい演奏。流れ重視の演奏で、ドビュッシーもロマン派っぽく聞こえたし、スカルラッティバロック音楽に聞こえませんでしたが、様式感云々をうるさく言わなければ、普通に良い音楽になっていたと思います。7〜8割程度の客席も、盛大な拍手でピアニストを湛えていました。来年の公演が何円で開催されるかはわかりませんが、急激な円安またはインフレにでもならない限り、そこまで値上がりしないと思われます。ドゥ・ラ・サール、要注意ピアニストに急浮上であります。

……最後に、まだ23歳という若い身空で、このような状況下で予定通り来日してリサイタルを開いていただいたことに、一人の日本人音楽ファンとして、感謝申し上げる次第である。放射能を恐れて10月の来日を中止した70歳の老いぼれもいるというのに!

*1:《レクイエム》の中の、モーツァルトの絶筆と伝えられるアレです。