不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

矢上教授の午後/森谷明子

矢上教授の午後

矢上教授の午後

 夏季休暇期間中の老朽校舎に、大学関係者ではない男性の死体が突如出現する。おまけに突然の雨と停電に見舞われ、非常口からもなぜか出られなくなり、その時たまたま校舎にいた少数の人々は閉じ込められてしまった。建物の中に犯人が潜んでいるのか、それとも自分たちの誰かが男を殺したのか。ミステリ好きの名物講師・矢上教授*1を中心に、調査と推理が始まる。
 生物総合学部なのに矢上教授が日本古典文学の講師であるところが、なかなかとぼけているし、また興味深い。恐らく彼は、1年か2年の時に単位を取得する一般教養学課を担当しているのだろう。彼は本に囲まれて静かに過ごすのが好きという典型的な文系人間で、やることも大してないのに、読書のためにおんぼろ校舎の自分の部屋に出て来ているのだ。生物総合学部はどう見ても理系な学部で、おまけに通常時は教授も院生も、実験に勤しむか国内外の山野をフィールドワークで駆け巡っており、学部の空気は心身両面で気ぜわしい。そこに矢上教授はアンニュイな空気をもたらしているわけである。また彼の研究室には大量の蔵書があるが、専門の古典文学関係の本は一部で、多くはミステリである。これが彼の「人生」のありようを穏やかに示しているように思われる。
 しかも大学は夏季休暇中で、人がほとんどいない。そもそも舞台の校舎は旧校舎であり、学内のいわゆる「有力者」で「常識のある」の教授たちは、既に研究室を真新しい校舎に移しておりこちらには用がない。畢竟、校舎内には学内の「主流派」とは違う、独特な雰囲気が生まれている。やる気がなくなっていたり、学究肌だったり、学者的な意味で傍若無人だったりする概ね変わり者の彼らに、周囲の院生や職員は振り回され、戸惑い、呆れているのだ。しかし彼らもまた人の事は言えない。後ろ暗いことを抱えていることが窺える描写が結構入るので、ミステリ的な緊張感は途切れることがないのである。加えて、ここに何故大学にやって来たのかよくわからない人が絡んで来る。基本的にはユーモラスに進みつつ、締めるべきところは締めているのだ。
 伏線やレッド・へリングが多いのも特徴だ。そして最後で伏線をうまく消化し、綺麗にまとめている。いい本格ミステリとして評価できる一作で、終始心地よく読める点も含め、広くおすすめしたい。
 と結論を出したところで以下、どうでもいいこと。ネタばらしはしませんが、真相について、他の作品(タイトル・作者名とも、はっきりとは書きませんけれど)との相似点を仄めかすので、ご注意を。
 本書の犯人の動機(あるいは行動を支えたモチベーション)は、どことなく某長篇ミステリ(有名なうえにガチで傑作)とリンクしているところがある。ただし相違点もある。恐らくこれは時代の違いによって生まれたのだろうが、その某長篇の当時、作品内で語られたような体験をした人々はたくさん生きており、彼ら自身は一方的に国家を批判しておけば事足りた。またそもそも、日本で起きる悪いことは元を糺せば全て国のせいだ、という論理展開もかなり支持を得られたのではないだろうか。ところが現代、そのような経験を直接した人々が死に絶えつつあり、かつネットを中心に「国には色々問題があるけれど、だからといって全てにおいて責任があるというのは難しい。むしろプロ市民の方がうざい」*2という論調が次第に強まっている中では、某長篇同様に国家を批判しても読者の納得を得られない可能性がある。某長篇と『矢上教授の午後』の犯罪計画の最終目標は全く同じであるにもかかわらず、何を「敵」とするかが異なっている*3のは、このためではないかと思うのだ。

*1:正式な肩書は非常勤講師だが、白眉白髯というあまりにもそれっぽい外見から、一種の親しみを込めて教授と呼ばれている。

*2:「市民団体」が少なくない庶民から馬鹿にされがち、という状況は、某長篇が書かれた当時はあり得なかったのではないか。

*3:『森谷教授の午後』には社会批判が込められてるが、矛先は必ずしも国家を向いていない。