何か文句があるかしら/マーガレット・デュマス
- 作者: マーガレット・デュマス,島村浩子
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2009/06/25
- メディア: 文庫
- クリック: 5回
- この商品を含むブログ (6件) を見る
帯には「セレブ探偵華麗に(?)誕生」とある。しかも主役は新婦。となるとロマンス系の色々な意味で甘くて軽いミステリかと思ってしまいそうだ。ぶっちゃけ、あんまり楽しくなさそうと予断を持った人もいるんじゃないでしょうか? でも本書はちょっと様子が違う作品なのである。実はこの本(≒この事件)、構成要素が多岐にわたるのだ。
まず最初のうちは、作者が話をどこに持って行こうとしているのか、いい意味でよくわからない。上述のようにスイート・ルームに死体が転がっていたと思ったら、チャーリーの従妹が誘拐されてしまう。その誘拐事件は比較的パタパタと収拾し従妹は無事に戻って来る(ただし犯人は不明確なままである)のだが、今度はチャーリーの古巣となる劇団の周辺で事件が発生する。あまつさえ、チャーリーの夫ジャックにも何やらとんでもない秘密があるらしいことが明らかとなって来るのだ。おまけに、これらのプロセスの全てにおいて、一癖も二癖もある登場人物が大量に投入されるのである。
470ページあるとはいえ、一つの長篇にこれだけ色々ぶち込むと、普通はかなりとっ散らかった印象が強まるものだ。しかしマーガレット・デュマスはこれを巧妙に回避している。各登場人物はいずれも非常にキャラ立ちしていて、誰が誰やらわからなくなるということは全くない。ストーリーもテンポ良く進んで全く停滞しない。そしてこれが最大のポイントとなろうが、主人公チャーリーと夫ジャックは常に明るく事件に立ち向かう。彼らのやり取りが、新婚ほやほやで連想されるこちらの身が痒くなるような恥ずかしいものではなく、ユーモアとウィットに富んだ受け答えであることも大きい。頭の回転の速い人物が主役を張る、事件内容がそれなりに錯綜したユーモア・ミステリ、それが『何か文句があるかしら』なのである。おまけに最後にはちゃんと綺麗にまとまります。これは読まない手はない。
2003年CWAデビュー・ダガー賞にノミネートされたのも納得の、実力の程は確かな逸品である。惜しむらくはロジカルないしトリッキーな面がさほど緻密ではない点だが、これはガチガチの本格ミステリと同様の尺度を採用しての存念なので、基本的には無視していただいて結構である。この作品が、真の意味で「軽く読めてしっかり楽しい」良質のミステリであることは間違いない。エレイン・ヴィエッツの王座を狙える実力派の登場を寿ぎたい。
*1:女性です。