不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

サイコブレイカー/セバスチャン・フィツェック

サイコブレイカー

サイコブレイカー

 猛吹雪で外部との接触が絶たれたベルリン郊外の精神病院で、若く美しい精神科医ソフィアが何者かに襲われた。意識がない彼女の様子は、数週間前からベルリンに出没していた《サイコブレイカー》の被害者に酷似していた。ということは、《サイコブレイカー》は今、病院内にいる人物なのか? 記憶喪失の男カスパリ、救急隊員シャデック、看護士ヤスミン、一部の患者たちは、疑心暗鬼に陥りつつ何とか団結してこの苦難を乗り越えようとするが。
 ……という話はカルテに書かれており、心理学実験のためにこれを教授が学生に読ませるところから、物語は始まる。どうやらカルテを読み始めた瞬間から、実験は始まっているらしい。このカルテの記載内容=精神病院でのサスペンスが本書での内枠の物語であり、外枠が心理学実験である。この実験が本当であるなら、必然的に『サイコブレイカー』の読者=我々も、実験に参加していることになる。読者に対するなかなか面白い釣り餌だ。また『治療島』の主人公ヴィクトル・ラーレンツの名前がちらりと出て来る。既存ファンへの楽しくそして罪のない目配せであろう。
 フィツェックはとてもうまい作家であり、かつそれほど前衛的なアイデアを武器にしていない。限られた登場人物たちによる、スリリングかつスピーディーで、要所で意外な展開を見せる物語進行が、彼の最大の美点である。また、主に犯人サイドが目的を達成手段として、精神医学・心理学上のメソッドをよく採用するのも特徴である(ゆえに登場人物にはそっち方面の人材が多い)。これらの手段はかなりトリッキーで、「そんなにうまく行くものか」と思わせることもしばしばだが、登場人物の心情の動きとうまくマッチさせているので、あまり気にせず読み進めることが可能である。たとえば、言葉だけで「この手段を使ったからこの人物をこう動かせた」と説明されても「ハァ?」と思うだけだが、フィツェックは操られる人間を主人公として、その立場から様々な事項を語るので、読者がその人物に感情移入してしまえば、細かいところに能動的に突っ込んでくるマニアや本職の方々はともかくとして、基本的に後は安泰である。島田荘司のアレとかと一緒です。
 本書『サイコブレイカー』も、フィツェックの美点が遺憾なく発揮された作品だ。カルテ内の物語の主人公カスパリは、終盤に至るまで記憶を喪失している。本書は彼の自分探しの物語でもあって、連続殺人者と一緒に閉じ込められているというサスペンスと並行して、病院内で彼と関係ありそうなものが次々見つかり、病院自体がカスパリの記憶喪失に関与しているのではという疑惑が次第に色濃くなってくる。また、折に触れカスパリの娘と思われる少女に関する記憶が断片的にフラッシュバックし、悲劇の予兆を高めるのも心憎い。なお精神科・記憶・家族(子)というテーマは、『治療島』『前世療法』に通じている。これらはフィツェックお得意のものであるのかも知れない。
 一方、外枠の物語も仕掛けでは負けていない。こちらは内枠のような「仕掛けられている当人に感情移入させる」話ではないので、現実性の点では疑問符が付く。というよりも、『サイコブレイカー』を読んだ私がそうなっていない*1という事実で反証完了である。もっとも外枠の物語でおこなわれるのはあくまで「実験」であり、失敗しても何ら問題ではない。読者は、この実験の不気味な雰囲気を感じとっておけば良いのである。なお小ネタではあるが、本書には作中で出て来るPostitが実際に貼り付けられており、心憎い演出となっている。
 セバスチャン・フィツェックは今回もまたヒットを飛ばしたと考えて良いだろう。スリラーの佳作としておすすめします。

*1:しかし自覚がないだけだったり、この文章自体が嘘だったりする可能性も……。