燃える世界/J・G・バラード
- 作者: J.G.バラード,中村保男
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1970/08
- メディア: 文庫
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燃えてないじゃんという定番の突っ込みはさておき、『燃える世界』は暑いという点で『沈んだ世界』と共通するが、湿度の点ではまったく逆の形で世界が破滅を迎えた小説である。わずかな水を巡って醜い人間模様を織り成す人々を、主人公のチャールズはどこか醒めた目で見ている。その一方で淡々と描写される、塩と砂の光景は、なぜかとても美しい。湖やらライオンやら、ポエジーに満ちてすらいる。そしてせっかく手に入れた自動車も部品がダメになって動かず、その部品の入手は恐らくもう不可能であること、作品内での数年の時間経過につれラジオの放送があるのかないのかすら次第に触れられなくなるなど、文明への静かな挽歌が背景に流れる。
興味深かったのは、『沈んだ世界』の光景が登場人物に狂気をもたらし文明を積極的に破壊ないし拒否させていたのに比べ、『燃える世界』のそれは、文明の崩壊と同時進行で人類に知能や理性の退行をもたらしている点だ。痴呆になった老婆がその象徴となろうし、水を守るために団結する単位も、最初の市レベルから村落レベル、仲間内レベルにまで落ち込んでおり、終盤ではさらに細分化する兆候も見せるのである。登場人物の理知的な言動も明らかに少なくなっており、皆だいぶお疲れというか、粗にして野になっている。こういった世界の終りを描く筆致が、あくまで折り目正しく流麗なのが面白い。これがバラードの特徴なのだろうか。
深い余韻を残すがどう解釈すべきか迷う結末も含め、じっくりと味わうべき破滅SFである。