沈んだ世界/J・G・バラード
- 作者: J.G.バラード,峰岸久
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1968/02/12
- メディア: 文庫
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半可通はよく誤解するが、SFは未来を予見する物語では断じてない。従って、SF作家が予想した未来と実際の未来がかなり異なっていても、それは批判すべき事由にはなり得ない。そして逆に、SF作家の予想を現実が実際に追いかけたとしても、それ自体は誉めるべきことではない。……頭ではよくわかっているのである。しかし『沈んだ世界』のような作品を今読むと、どうしても現実と引き比べてしまう。
本書で地球に起きている事態は、温暖化そのものである。原因こそ温室効果ガスではないものの、発表当時と今とでは、読者の体感上の実現可能性は段違いであるはずだ。結果、本書は、黙示録的な予言書のように読み解くことも可能になってしまった。作品・作家が与り知らぬところで、読まれ方は引き返せないほど変容したのである。しかしこれは――前段落の主張とは矛盾するかも知れないが――仕方がないことかも知れない。小説も社会の構成要素の一つである以上、「書かれた当時」のみならず「読まれた時点」の社会の影響をも受けざるを得ないからだ*1。
さて肝心の中身であるが、熱でうなされるような終末感を濃厚に刻印している。熱帯気候と共に訪れる破滅は、『結晶世界』で同じ作家が見せた寒々しくも美しいものではなく、より動的でより猥雑なもののように思われる。端的に言えば、全てがとても蒸し暑いのである。荒ぶる熱帯の自然、爬虫類と巨大植物でいっぱいの力強い自然に惑わされて、複数の登場人物が精神の均衡を崩すのも、この雰囲気なら納得だ。狂騒的なイベントの発生も、かなりの迫真性をもって描かれている。そして全てを、バラードはわずか260ページの中にぎゅっと凝縮しているのだ。人類がこの後どうなるのか、地球はどのような局面を迎えるのか。そのような世界レベルの結論を何も述べないまま、物語はケランズと共にジャングルの奥に去って行く。娯楽小説と断言するにはあまりに濃い後味を残すこの作品、やはりなまなかな覚悟で読み始めるべきではない。歯応えたっぷりだし、ページ数の割には時間もかかるので、心に余裕のある時にどうぞ。素晴らしいけれどね。
*1:もちろんより正確に言うと、「作品が」ではなく「読者=俺が」だが。