不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

時間封鎖/ロバート・チャールズ・ウィルスン

時間封鎖〈上〉 (創元SF文庫)

時間封鎖〈上〉 (創元SF文庫)

時間封鎖〈下〉 (創元SF文庫)

時間封鎖〈下〉 (創元SF文庫)

 ある日、夜空から突如星が消えた。地球全体が謎の黒い膜に覆われてしまったのだ。そして計測してみると、地球とその外の時間の流れは、1:100,000,000になっていた。つまり1年経ったら外では1億年経過しているのである! このままでは、地球時間で数十年後に、肥大化した太陽に地球は飲み込まれ、全生命もろとも破滅してしまう。この現象は《スピン現象》と命名されるが、どうやら地球外の知性体が起こした現象らしい……。彼らの目的は何か? 人類が生き残るために起こした行動とは? そして、宇宙科学者一族の双子の姉弟と、その使用人の息子として生まれた主人公の友情、恋愛、人生は、一体全体どうなってしまうのか?
 いきなり結論から述べよう。本書は、壮大な設定と、丹念な人間ドラマが両立した傑作である。
 物語はスピン現象発生から始まり、時系列順に一貫して主人公視点で進められる。一方で折に触れ、かなり後年の主人公が、「何らかの」最後を迎えつつあるかのようなパートが挟まれており、「最後にどう繋がるんだ?」と読者に気を持たせたまま走る。なかなか憎い構成といえよう。
 双子の姉弟(特に弟の方)と主人公は、長じてアメリカの国家中枢にかなり近いところに地位を得るので、スピン現象全般について地球人類の知識を仕入れることが可能だ。それには、一般人に公開されないような極秘情報も含まれる。これが、人間ドラマと壮大なSF設定を完璧に両立させることができた最大の要因である。
 この配置は実にうまい。主人公自身の物語を展開している中で、自然に、世界で何が起きているのか俯瞰できるのだ。このため、SF設定に関する情報をふんだんに得ることと、主人公と双子の姉弟の人間ドラマを追うことが渾然一体となって読者に迫ってくる。これを描く作者の筆がまた素晴らしい。友情、愛、家族、信仰といったテーマを流麗かつ有機的に組み上げて、適度な感傷と深い味わいを物語にもたらしているのである。加えて、まさにSFならではと言うべき壮大なヴィジョンを見せてくれるのだ。
 同じ作者でも、たとえば『時に架ける橋』では、主人公が色々な意味で末端に位置したため、SF技術(主にタイムトラベル技術)がファンタジーにおける魔法と同様の機能をしていた。『時に架ける橋』自体は、作者のふくよかな筆致がセピア色のメランコリーを醸し出していて素晴らしかったが、ハードSFファンはなかなか乗れなかったろうと思われる。
『時間封鎖』にそれはない。ハードSFファンも満足できる水準の「科学」がしっかりと刻印されている。ただし、ガチガチ一辺倒のハードSFではなく、科学的考証は特に地球外知性のテクノロジーが曖昧なままなので、グレッグ・イーガンなどと比べて多少物足りなく思う人は出て来るだろう。しかし『時間封鎖』は、ハードSFと人間ドラマを見事に融合した作品として評価されるべきだし、そもそも本書は三部作の劈頭を成す作品でしかないわけである。《スピン現象》の更なる真実は、続く二作品で明かされると期待しても良いのではないか。
 いずれにせよ、本書は確かにゼロ年代を代表する傑作SFとなっている。そして、ハードSFに親しんでいない人々も十分に楽しめるはずだ。広く遍くおすすめしたい。