不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

幻詩狩り/川又千秋

幻詩狩り (創元SF文庫)

幻詩狩り (創元SF文庫)

 1948年のパリで、シュルレアリスムの詩人アンドレ・ブルトンが詩人の卵フー・メイに出会う。フーが持ち込んだ詩のは、読む者を異界に導くほどの、この世の物とは思われぬ圧倒的な力に満ちていた。更にフーは時間を主題とした詩を書いたと言う……。数十年後、昭和末期の日本で彼の詩は猛威を振るうことに。
 視点人物は多数用意されるものの、詩に触れたことによって個々人が破滅すること自体は悉く間接的に描かれる。最終の視点人物の顛末がその《破滅》の実態なのかも知れないが、ここでは触れないでおこう。いずれにせよ、作者は視点人物に寄り添って物語を組み立てておらず、必然的に彼ら個々人の悲喜劇にもほとんど興味がない。作者はあくまで神の視点から物語を俯瞰し、フー・メイの詩が作品世界に及ぼす影響をマクロ・ミクロ双方から描く。ただし無味乾燥な《出来事》の記述で終わっていないことはもちろんで、恐ろしい事態とその予感が登場人物を襲っていることがひしひしと伝わってくる。むしろ《破滅》において人物を突き放すことによって、逆に感興を高めているとすら言える。ここら辺のバランス感覚は素晴らしい。
 プロローグで「昭和の末期、変な詩によって何か大変なことが世界では起きているらしい」ことが明示され、然る後第二次世界大戦直後のフランスにおけるその発端が描かれるのも興味深い。時間軸のとおりにエピソードが並べられていたら、フランスのパートでこれほどのドキドキ感は味わえなかったはずだ。
 文章が非常に読みやすいのも特徴で、なるほどこれは日本SFが誇る作品の一つだろう。広くおすすめしておきたい。