不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

幼き子らよ、我がもとへ/ピーター・トレメイン

幼き子らよ、我がもとへ〈上〉 (創元推理文庫)

幼き子らよ、我がもとへ〈上〉 (創元推理文庫)

幼き子らよ、我がもとへ〈下〉 (創元推理文庫)

幼き子らよ、我がもとへ〈下〉 (創元推理文庫)

 疫病が国土に蔓延するなか、王の後継者である兄に呼ばれ王都にやって来た法官ブレホンフィデルマは、モアン王国内の修道院で、隣国ラーハン王国の尊者ダカーンが殺されたという凶報を知らされる。ラーハン王国は、ダカーンの死がモアン王国の臣民によるものだとして、過去にモアン王国に編入された地域の返還により損害を賠償せよと、アイルランド大王ハイ・キングの法廷に提訴していた。フィデルマは、兄の要請でモアン王国の弁護人を務めることになり、自身で直接事件の調査をおこなうため、護衛の兵士カースを連れて出発した。その途中、村が襲撃される現場に行きあい、生き残った者たちを連れて、殺人現場の修道院に向かうのだが……。
 領土紛争の手段として、戦争ではなく国際法*1を使うとはなかなかに平和的である。ただし実際にこのような徹底的な法治主義が貫かれていたのか、もうちょっと詳しいところを純粋に知りたいと思う。自分で専門書買えってことでしょうかね。
 物語は、背景が『蜘蛛の巣』以上にスケールが大きく、かつ緊迫した状況にあるだけに、落ち着いて事件の謎を調べるというよりも、陰謀渦巻く修道院の秘密をドラマティックかつサスペンスフルに描くという傾向が強い。結果、歴史ミステリというよりも、より広範なエンタメとしての性格が表面に出て来ている。とはいえ、事件の解決をする場は大王の主催する法廷であり、歴史法廷ミステリというなかなか珍しいものを見ることができるのだ。おまけに7世紀のアイルランド法に基づく法廷なのだから、オリジナリティはこれ以上求めようがないのである。また権力に翻弄される個人というテーマがかなり最初の方から追求されているため、ここをキーにすれば現代読者にも理解しやすいだろう。おすすめです。
 なおフィデルマは、カースがディベートの相手としては物足りないなどともっともらしい理屈を付けて、エイダルフを懐かしがっている*2恋ですなあ。

*1:もっとも、アイルランド五王国に限定されてはいるようだが。

*2:今回、エイダルフに出番はない。それどころかアイルランドにもいません。