不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ホット・キッド/エルモア・レナード

ホット・キッド (小学館文庫)

ホット・キッド (小学館文庫)

 元海兵隊員を父に持つカール・ウェブスターは、射撃の腕を活かして連邦執行官になった。一方、百万長者*1の息子ジャック・ベルモントは、悪の道に憧れ、父を強請り、父の油井施設を壊し、父の愛人と通じ、銀行を襲って一端のギャングを目指す。対照的だがどこか似た者同士でもあるカールとジャックを、運命は対決へと駆り立てて……。
 時代背景には禁酒法世界恐慌・ギャングたち*2の活躍があるが、レナードの筆はその暗部に深く切り込もうとはしない。だがその中でも、各登場人物の人物像が鮮やかに立ち上がるのだ。法の側に立ち正義を追求するはずのカールは、しかしどこか銃によるバイオレンスに頼るところがある。対するジャックは、確かに悪党であり言い訳が利かないほど酷い行状*3を繰り返すのだが、どこかトボけていて憎めない。彼らの周りにいる脇役たちも、いずれも劣らず見事にキャラ立ちしている。
 レナードは、実にスムーズかつスピーディーな進行を目指す。文体も流麗だが、事態はコロコロ変わり、カールとジャックが協力し合うような局面すら訪れる。しかし作者の筆はあくまでクールさを保ち、作者自身が熱狂するようなシーンは皆無である。もっともそれを言い出したら、登場人物たちもそうである。己の存在や信念を賭けて勝負する、といった悲壮感は薄い。だが、隆とした佇まいそのものが読者に鮮烈な何かを残すのだ。一言で言って、カッコいい。それも、英雄的だったり悲劇的だったり漫画的だったりしない――ギャングあるいはガンマンのカッコよさなのである。脇役たちも皆、カールやジャックと丁々発止のやり取りをおこなうに相応しい、気持ちいいけど癖のある人間だ。女性も含めて、である。適度な影を含んだ彼らの姿を、見ない手はない。
 というわけで、『ホット・キッド』は傑作であり、ジェイムズ・カルロス・ブレイク『掠奪の群れ』とはまた違った意味で、この時代を舞台とした若者たちのドラマとしては最善の小説ということになるだろう。強く推したい。しかしこれ書いた時、レナードは79歳だったのである。あり得ねえ。

*1:彼は『キューバ・リブレ』でもいい味を出す脇役として登場している。

*2:ボニーとクライドやジョン・ディリンジャーといった有名どころも、本書の中で同時代の英雄として触れられている。

*3:殺す必要がない人間――しかも知り合いをあっさり殺したり。