不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

七匹の蛾が鳴く/フランク・ティリエ

七匹の蛾が鳴く (ランダムハウス講談社文庫)

七匹の蛾が鳴く (ランダムハウス講談社文庫)

 妻子を失って以来、パリ警視庁警視シャルコ(鮫)は、自分にしか聞こえない妻の声に悩まされていた。しかし彼自身の精神状態にかかわらず、事件は起きる。教会で死体が発見されたと知らされた彼と刑事たちは、全身の毛を剃られ、頭部に七匹の蛾が止まっている女性の死体を見る。外傷はないものの監禁されていた痕跡があり、犯罪であることは明らかだった。やがておぞましい死因も判明する。この恐るべき事件に打ち込もうとするシャルコだったが……。
 連続猟奇殺人犯を追う主人公の警視もまた、精神を相当綻ばせているのが最大の特徴である。興を殺ぐのであまり触れられないが、マトモでは全くないことを保証しておきたい。ガケっぷちなんて生易しいもんじゃない。同じく《鮫》の異名をとる東京の刑事・鮫島など、シャルコに比べたら常識人かつ健常者そのものであろう。そしてそこには紛れもなく、愛する者たちを一気に失った悲しみがある。しんみりできる落ち着いた瞬間など一瞬たりとも与えてくれない小説で、がさがさザワザワした焦燥感と不安感で力押しするような作風でもあるのだが、主人公が抱えるやるせない空しさを見逃してはならない。
 事件も実に不気味である。虫、虫、虫に彩られており、最早生物犯罪の様相さえ呈するのだ。事件の舞台選択も一々が魅力的で、パリとフランスの陰を思いっきり強調するかのようである。残念ながら推理によって解かれるタイプの物語ではないので、本格(しか読めない)ファンにはどうかと思われる部分もあるが、狂熱に踊りつつも暗黒に閉ざされるような小説なので、お好きな方は絶対に気に入るはずだ。楽しめる人は選ぶかも知れない。だが傑作であると思う。