不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

10ドルだって大金だ/ジャック・リッチー

10ドルだって大金だ (KAWADE MYSTERY)

10ドルだって大金だ (KAWADE MYSTERY)

 『クライム・マシン』に引き続き、読みやすくてキレの良い作品が収められている。微妙にオフビートで、とぼけた風情があるも良い。楽しく読めて、後には何も残さない、というのは実はかなり難しいことである。読んだ後に思わず色々考えてしまう作品ももちろん素晴らしいのだけれど、読書という行為そのものに集中するだけで良い、というのは、その分純度を高めねばならない。そういう作品だけで(少なくとも)二冊もの短編集を編めるというのだから、やはりジャック・リッチーはうまいのである。
 個人的には、財産目当てで女性と結婚したものの……という「妻を殺さば」、子供たちが隠した毒薬を警察が血相を変えて探す「毒薬で遊ぼう」、叔父さんの借りを返すべく、お人よしの青年が強盗を働き失敗、スーパーの倉庫に隠れる「世界の片隅で」、カーデュラがボクサーになる「キッド・カーデュラ」、推理が空回りしまくるターンバックルもの5編がお気に入り。
 総合的に見れば『クライム・マシン』に一歩を譲るものの、『10ドルだって大金だ』も非常に素晴らしい短編集となっている。年一回程度の割合でいいから、今後も訳出して行ってほしい。