不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

薪の結婚/ジョナサン・キャロル

薪の結婚 (創元推理文庫)

薪の結婚 (創元推理文庫)

 最近恋人ダグと別れた古書業者のミランダは、学生時代に付き合っていた不良のジェイムズが死んだことを知る。衝撃を受けつつも仕事を続けるミランダは、かつて幾多の芸術家と浮名を流した90を超えた老婆フランシス・ハッチと知り合い、交流を深めていった。そんなある日、美術品バイヤーのヒュー・オークリーがミランダの前に現れる。急速に惹かれ合う二人。だがヒューには妻子がいた……。
 ということで、愛にまつわるドロドロの話が続くのかなあと思わされるのだが、もちろんそこはジョナサン・キャロル、それだけで済むはずがない。やがて現実は捻じ曲がり、過去と未来が交錯し、連綿と続く宿命・運命が主人公を襲うわけだが、その内容と顛末は秘した方が良いだろう。第一部は若干ユーモラスに進み超現実的な要素は「混入する」程度だが、第二部では雰囲気が重くなって、超現実的なことを主体に話は進む。深刻はます一方となるが、それをキャロルは非常に丁寧に描き出し、テーマと話の大枠は骨太なのに、細部は繊細であるといういつもながら素晴らしい成果を収めている。
 浅羽莢子亡き後、キャロル翻訳はどうなってしまうのか(実に、実に残念ではあるが、どうせ売れないしなどと言わざるを得ない、といった事情もある)と思っていたのだが、市田泉は彼女の仕事を立派に引き継いでおり、違和感は全くない。あとがきによると、次のキャロル翻訳も進行中である由、まずは安心である。とはいえ、『薪の結婚』がある程度売れないと、翻訳原稿はお蔵入りになりかねない。キャロルに興味のある層の購読を、是非とも希う次第である。