不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

月の骨/ジョナサン・キャロル

月の骨 (創元推理文庫)

月の骨 (創元推理文庫)

 二十台半ばの《あたし》カレンは、誰もが認める美人で、一女の母である。家の階下に凶悪殺人犯《まさかり少年》が住んでいたという衝撃的な記載から始まるものの、物語はすぐに愛する夫と出会うまでのカレン自身のものに軌道を変更する。今彼女はとても幸せなのだった。しかし、やがてカレンは不思議な連続夢を見始める。そこで彼女は息子ペプシと共に、魔法の国《ロンデュア》で5つの骨を探す旅をしているのだった。そして《ロンデュア》の夢を、カレンは幼い頃にも見ていた……。
 現実と夢がじりじりとにじり寄って行く様がなかなかにサスペンスフルだ。また、カレンのつらい過去、恋愛、結婚、出産が本当に鮮やかに立ち上がっており、またそれらが伴う感情も、一々が、襞に至る部分まで精緻に描かれており、かつ全く押し付けがましくなく、自然に我々読者に寄り添うのである。細部に命を宿らせる名手、ジョナサン・キャロルの面目躍如たるものがあり、圧巻だ。徐々に増す翳りも、読者に《予感》を抱かせて余すところがない。後ろ向きになるだけではなく、前向きな姿勢や希望を、終局的な局面においてすら消し残す辺りも絶妙である。……ってまあ『月の骨』は悲惨な物語ではないですけれど。
 とにもかくにも、この人はまったく何と素晴らしい作家なのだろう。ゆめ読み逃してはならぬ! ゆめ絶版だらけにしてはならぬ! いや頼みます、ホントに。