不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

蜂の巣にキス/ジョナサン・キャロル

 作家であるぼくサミュエル・ベイヤーは、スランプを脱すべく、少年期の自分が川で死体を発見した美少女ポーリンのことを書こうとする。生まれ故郷に行き、今は警察署長となった悪友と交友関係を復活させるぼく。しかし、取材するにつれ、ポーリンの死には何かが隠されているように思えてくるのだった……。一方、ぼくはサイン会で愛読者として来たヴェロニカと恋に落ち、一緒にポーリンの死を調べてゆくことになる。そしてそこに、ぼくの愛娘キャサンドラも絡んで来て……。
 今回は、完全にミステリ。ホラーやファンタジーの要素はない。しかし、物語の要所に埋め込まれた、人間の心の闇に潜む何かが、クライマックスに向けて徐々に姿を現してゆくような感興があって、ここら辺の不気味な情感は完全にいつものキャロル、素晴らしいキャロルである。ミステリとしての出来栄えもなかなか堅牢であり、ガチガチの本格としてはともかく、スリーピング・マーダーものとしては水準を優に超えるものと言えるだろう。だが最も素晴らしいのは、男と女、父と娘の姿が、感情の襞に至るまで精妙に描き込まれているということだ。やはりキャロルはキャロル、いい仕事をしてくれているのである。
 とは言いつつ、キャロルの素晴らしさを理解するには、やはりダーク・ファンタジーと呼ばれているような分野の作品を読んだ方が手っ取り早いようにも思う。「キャロルが書いたミステリってどんな感じなんだろ?」という興味を持てる人が読めば、快楽をもたらしてくれる作品と言えるだろう。