不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

哀れなるものたち/アラスター・グレイ

哀れなるものたち (ハヤカワepiブック・プラネット)

哀れなるものたち (ハヤカワepiブック・プラネット)

 小説家アラスター・グレイが入手した古書『スコットランドの一公衆衛生官の若き日を彩るいくつかの挿話』には、19世紀後半にの医師の自伝という体裁を整えていた。だがその内容たるや……。著者の親友である医学者が、身投げした若い美女の肉体を救うべく、彼女の赤ん坊の脳を移植するという奇跡的な手術をしたというのだ。著者はその蘇生した美女に恋をし、結婚を申し込むが……。膨大な資料を検証した結果、アラスター・グレイはこの書物の内容が真実であると確信し、出版を決意したという。
『ラナーク』同様、終局的には《愛》を扱う物語である。一人(?)の女を巡る物語なのだから、より直裁に《恋愛》を扱った物語ということになるが、扱っているものは最終的により広範なものとなる。作中作の主人公が《公衆衛生官》を名乗っているように、本書は社会的な事物にも関心を寄せる――少なくともその余地がある。そしてその余地は、『哀れなるものたち』の終盤が近付くに従って有効活用されていく、と述べておこう。
 本書はSFであるともファンタジーであるとも、そしてメタフィクション、ガチガチの純文学、いやいやこれはもう奇譚であるとも言えるが、無論そのようなジャンル分けは全く意味をなさない。『ラナーク』同様、リーダビリティも高く単純に、読んでいるだけで面白い。作者自身による挿絵も不思議な感興を高める、実にいい小説である。おすすめです。