不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

パストラリア/ジョージ・ソウンダース

パストラリア

パストラリア

 テーマパーク(?)でスタッフが原始時代の人類の生活をスタッフが演じている「パストラリア」、自己啓発セミナーで自らの不幸の原因が妹にあると認識した男が苦悩する「ウインキー」、2人の妹と善良極まりない伯母と一緒に極貧生活を送る主人公一家を襲う悲劇を描く「シーオーク」、仲間はずれにされる少年の叫びに満ちた「ファーボの最期」、太っていて独身の中年床屋が女性に関して様々に妄想する「床屋の不幸」、滝で起きる奇禍に遭遇した2人の男の想念を、その奇禍が起きるちょっと前から追う「滝」、以上6編を収めた短編集である。
 ユーモラスな部分もあるが、基本的に主人公たちは精神的にとても痛ましい状況に置かれている。作者の筆致は淡白ですらあるのに、登場人物の心の叫びは実にリアルな質感を伴って読者の胸に突き刺さる。「パストラリア」ではリストラの恐怖や負の側面(自分の地位を守るために職場仲間を会社に売るとか……)、「ウインキー」では身近な人間に対する悪意や憎悪とその抑圧、「シーオーク」では善意善行の虚しさと遂に到来するプッツン、「ファーボの最期」では幼稚だがその分原初的な自己実現欲求とその不可能性、「床屋の不幸」では恋愛上の不能感と屈折、「滝」ではせせこましい日常の想念そのものが、もうやめてくれと叫びだしたくなるほど強調されており、読んでいて非常に痛いし、絶望的な気分にも陥る。しかしストーリーテリングがうまく、筆致もむしろ軽妙なので、読み口は重くない。
 本書は、人間が誰しも抱く《満たされぬ想い》を最大限鮮明に、しかし同時にとても洗練された形で描き出した作品集と言えるだろう。素晴らしいと思う。