不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

深海のYrr/フランク・シェッツィング

深海のYrr 〈上〉  (ハヤカワ文庫 NV シ 25-1)

深海のYrr 〈上〉 (ハヤカワ文庫 NV シ 25-1)

深海のYrr 〈中〉  (ハヤカワ文庫 NV シ 25-2)

深海のYrr 〈中〉 (ハヤカワ文庫 NV シ 25-2)

深海のYrr 〈下〉  (ハヤカワ文庫 NV シ 25-3)

深海のYrr 〈下〉 (ハヤカワ文庫 NV シ 25-3)

 北海の海底油田近くで大量に群生している、異様なゴカイ。北米大陸西岸でのホエールウォッチングにおける、クジラやオルカの奇妙な行動。世界各地で猛毒のクラゲが大量発生して事故が多発し、フランスではロブスターが爆発し、激烈な感染症が猛威を奮い始める……。海生生物たちが一斉に人類に牙を剥き、人類は冗談ではなく存亡の危機に立たされる。
 計1500ページを超える大著である。このタイトルだと一瞬「クトゥルーもの?」と思わせるが、本作は一応SFだ(梅原克文ならサイファイと言うかも知れない)。綿密に取材に基づく海洋の知識によって、壮大な事件と国際社会の反応が手堅くリアルに描き出されている。情報量が多い割に、終始読みやすくて素晴らしい。娯楽小説としてのバランスも良く、人間描写・テーマ・プロットは、特段分厚かったり重かったりしないが味気ないわけでもない。エコ問題がかなり前面に出されており、この点では社会派小説ともいえるのだが、それが娯楽性を阻害していないのである。その匙加減は絶妙だ。問題があるとすれば、最後の最後、事態の収拾方法だろうか。これはさすがに安易過ぎた。とはいえ、リーダビリティも高く、読者は人類を襲うパニックを堪能することができるだろう。広くオススメしたい作品である。結構売れているようだが、それもむべなるかな。
 なお作中では、鯨肉好きには承服できないだろう記載が散見される。まあそう感じるのは捕鯨国に生まれた人間の宿命かも知れない。