不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

スチール・ビーチ/J・ヴァーリイ

スチール・ビーチ〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

スチール・ビーチ〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

スチール・ビーチ〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

スチール・ビーチ〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

 人類は、強力なエイリアンにより地球を追われ、太陽系の他天体で生きることを余儀なくされた。それから200年。特に月において、人類はコンピューター管理とバイオ技術によるユートピアを実現した……のだが。

 大事件も起きるが、そこにばかり焦点があるわけでもない。上下二分冊の長編の大部分が、月社会の様々な場所・場面を描くことに充てられる。主人公が新聞記者という設定は、まさにこのことを実現するためなされたのだろう。超長寿社会、恐竜牧場、性転換、真剣ボクシングなど、現代とは似ても似つかないその社会(および登場人物の考え方)は、イマジネーション炸裂という感じで本当に面白い。作者の筆も、大事件よりもこれらの〈日常〉を描くときの方が明らかに乗っている。
 というわけで、構成とか主題性とかは、このイメージ乱舞の前に膝を屈し下僕に甘んじる。普通の作家であれば、そうなると長編の場合不満を感じさせるのだが、そこはジョン・ヴァーリイ、まったく気にならない。彼の想像力と、そのアウトプット手法は、それだけで読者を満足させてしまうのだ。凄い作家だと思う。広くお薦めしたい。