不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

キルン・ピープル/デイヴィッド・ブリン

 近未来、ゴーレム*1に自分の人格をコピーし活動させ、その記憶を回収することが可能になった。庶民にもその技術は普及し、機種によってフィジカルな能力が異なるゴーレムに仕事や勉強をさせれば、作成者の原型(つまり普通の人間)は非常に楽な生活が送れるのである。そんな世界で、私立探偵モリスは奇妙な誘拐事件の調査を依頼される。何でも、このゴーレムの祖形をほぼ独占販売する《ユニバーサル・キルン》の大物科学者ヨシル・マハラルが失踪したというのだ……。
 モリス本人+複数のゴーレムの一人称で語られる物語。多視点であるにもかかわらず、全員同一人物という非常に奇妙な構図がまずは面白い。ブリンはさすがにストーリーテリングに長けており、未来社会の光景や社会構造を鮮やかに描出するなどSF要素をフル活用しつつ、サスペンス調・軽ハードボイルド調の物語をしっかりと盛り上げていく。ミステリ的要素もなかなかしっかりとしており、さすがにそこまでロジカルではないものの、このSF設定ならば納得の真相が明らかにされていく。「SF作家を目指す者は、まず殺人ミステリを書け」とワールドコンでアドバイスしたブリンが、自らミステリ要素のSFにおける活用の範を示した作品といえるだろう。良質なエンターテインメントとしておすすめしたい。

*1:陶器製。でもどうやら結構柔らかい。基本的に寿命は1日、過ぎると溶けてスライム化。