不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

変わらぬ哀しみは/ジョージ・P・ペレケーノス

変わらぬ哀しみは (ハヤカワ・ミステリ文庫)

変わらぬ哀しみは (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 1959年春、近所の不良少年ドミニクにそそのかされて万引きをしてしまったデレク・ストレンジは、警備員に捕まってしまう。だがデレクは、将来警官になりたいという夢を語ることで何故か許された。9年後、1968年にデレクは警官になっていた。だが兄のデニスは働き口を見つけて実家でふらふらしていた。また、ベトナム戦争から帰って来たドミニクは、更に荒んでいた。そんな中、ドミニクの不良仲間が、面白がって黒人を轢き殺してしまう……。
 公民権運動の嵐を背景に、ワシントンの下層階級において群像劇を粛々と描き起こす。主人公は一応デレクだが、彼とほぼ同じ重要性を持つ視点人物が何人か配されており、プロットもそれぞれで異なる。相互の関連性は薄いとすら言えよう。しかし、強盗や殺人など派手な事件が起き、また登場人物の言動も概ね粗野であるにもかかわらず、作品全体の雰囲気は非常に静的なものだ。有色人種による暴動が頻発した60年代後半のアメリカの空気を、実に的確かつ鮮やかに伝えてくれる。しかし、絶対に押し付けがましくはならない。
 恐らくペレケーノスは、社会問題を「熱くなって語り糾弾すべきもの」としてではなく「社会の影」と捉えている。ならば公民権運動は、アメリカが長い間抱えていた社会矛盾の噴出だろうし、また同時にベトナム戦争の失敗がアメリカ社会にもたらした閉塞感が遠因となっていることも考えられる。少なくともペレケーノスはそう考えただろう。であれば作品の雰囲気が、暴力を伴う犯罪や暴動といった《熱い》行動に引きずられず、むしろ冷たく落ち着いた、格調高いとすら言える風情を醸し出していることは、ある意味当然と言えるのである。
 登場人物がそれぞれに抱える、荒涼たる心象風景、そして僅かに差し込む光。こういったものを十分に感得したい人には、強くオススメしたい。あ、もちろん読みやすいですよ。