不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ドラマ・シティ/ジョージ・P・ペレケーノス

ドラマ・シティ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ドラマ・シティ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 ロレンゾは、捕まる前は札付きの悪で、ギャングのボス・ナイジェルも友人であるが、今は足を洗って動物虐待監視官をしている。仮釈放監察官を務めるレイチェルは、実は夜は鯨飲して男を漁るの生活を送っている。さてナイジェルの部下はへまをして麻薬絡みのトラブルを起こしてしまう。このトラブルは、やがて登場人物を巻き込んでゆくことになり……。
 小説において、人間の感情は、抑揚を付けた筆致により鮮明に描き出せる。反面、少なくともワンシーンにおいては白か黒かといった二元論に陥ってしまう危険性を孕むのだ。ある場面においては喜びのみが、ある場面においては悲しみのみが、場を支配する、なんてこともよく起こる。一方、抑えた筆致によれば、不鮮明ではあるけれど、一つの場面に悲喜こもごもを滲ませたり漂わせたりはできる。登場人物の内面に直接言及する頻度を下げると、より効果的だ。
 ペレケーノスは『ドラマ・シティ』において、後者、つまり抑えた筆致を実にいい感じに駆使して、世の中のレールから少し外れた人々を、特にコブシを利かさず、淡々と描く。物語の展開も、怒涛のクライマックスに雪崩れ込むような展開を辿らない。オフビートと言うほどでもないが、これ見よがしな《盛り上がり》に対する興味は、作者には薄いようである。これらが相俟って、淡い色調でそれほど晦渋ではなく進む深刻なドラマ、というなかなか面白いものを実現している。個人的には、この物語はつらく悲しく時に痛々しいものだったが、それでもなお《生》に対してとても肯定的な姿勢を表していたと考える。味わい深い佳品といえよう。