不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

彼女はたぶん魔法を使う/樋口有介

彼女はたぶん魔法を使う (創元推理文庫)

彼女はたぶん魔法を使う (創元推理文庫)

 元刑事の柚木草平は、雑誌のライター仕事をやりつつ私立探偵稼業もする三十八歳バツイチ寸前の男である。そんな柚木の元に、女子大生ひき逃げ事件の調査依頼が舞い込んだ。被害者の姉は、この事件が事故ではなく、計画殺人だったとの疑いを持っていた……。
 筆致が実に瑞々しい――これは事実だが、こう言っただけだと繊細柔弱・情緒纏綿といった間違ったイメージを喚起しそうで少々怖い。本書はそういったナヨナヨした作品では決してない。瑞々しさは、主に物語にクリアな質感を提供する機能を担っており、未成熟な三十八歳のおっさんという気色悪いキャラクターを生み出す、なんて方向には全く作用していないのだ。主人公は軟弱というよりも柔軟な人物であり、会う女会う女が美人揃いの中、飄々と気障な台詞を弄して実に軽妙な感興を物語に提供している。もちろん自分をしっかり持っており、隠された事件の真相に迫るその姿勢にブレはない。しかし彼は、娘や別居中の妻、不倫中の愛人(かつての年下の上司)、事件関係者の若い女性に翻弄される情けない一面も持っている。これらを総合すると、含羞に端を発するおふざけの色合い、確立された人格、適度な情けなさが絶妙なバランスを保った、なかなかに素晴らしい主人公であると言えるだろう。読者を飽きさせず、暑苦しさも感じさせないのは偉としたい。
 爽やかなだけの小説でないことにも注目して欲しい。事件の悲劇的な側面が十分描かれることは当然としても、その決着には一部、倫理道徳に抵触しかねない毒*1が含まれていてハッとさせられた。ミステリ的にもよく出来ていて、真相が次第に浮かび上がってくる過程は、何と言っていいか非常に絵になる。
 というわけで、非常にいいシリーズ第一弾だと思う。続きも読むことにする。

*1:「そこをスルーするのか!」といったものである。