彼女はたぶん魔法を使う/樋口有介
- 作者: 樋口有介
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2006/07/22
- メディア: 文庫
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筆致が実に瑞々しい――これは事実だが、こう言っただけだと繊細柔弱・情緒纏綿といった間違ったイメージを喚起しそうで少々怖い。本書はそういったナヨナヨした作品では決してない。瑞々しさは、主に物語にクリアな質感を提供する機能を担っており、未成熟な三十八歳のおっさんという気色悪いキャラクターを生み出す、なんて方向には全く作用していないのだ。主人公は軟弱というよりも柔軟な人物であり、会う女会う女が美人揃いの中、飄々と気障な台詞を弄して実に軽妙な感興を物語に提供している。もちろん自分をしっかり持っており、隠された事件の真相に迫るその姿勢にブレはない。しかし彼は、娘や別居中の妻、不倫中の愛人(かつての年下の上司)、事件関係者の若い女性に翻弄される情けない一面も持っている。これらを総合すると、含羞に端を発するおふざけの色合い、確立された人格、適度な情けなさが絶妙なバランスを保った、なかなかに素晴らしい主人公であると言えるだろう。読者を飽きさせず、暑苦しさも感じさせないのは偉としたい。
爽やかなだけの小説でないことにも注目して欲しい。事件の悲劇的な側面が十分描かれることは当然としても、その決着には一部、倫理道徳に抵触しかねない毒*1が含まれていてハッとさせられた。ミステリ的にもよく出来ていて、真相が次第に浮かび上がってくる過程は、何と言っていいか非常に絵になる。
というわけで、非常にいいシリーズ第一弾だと思う。続きも読むことにする。
*1:「そこをスルーするのか!」といったものである。