不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ホームズのいない町/蒼井上鷹

ホームズのいない町―13のまだらな推理 (FUTABA NOVELS)

ホームズのいない町―13のまだらな推理 (FUTABA NOVELS)

 7本の短編ミステリと、6本のショート・ショート・ミステリで構成された連作短編集である。どこかホームズ譚を思わせ、しかし決定的に小市民的なスケールの小さい(動機等が素晴らしくみみっちい)事件が、探偵役による決定的な《名推理》抜きで語られる。つまり、探偵役を務める登場人物たちのほとんどは、真相を100%言い当てられない。しかし、それなりに当たっている推理によって物語を決着の方向に誘導する程度のことはできるのである。この匙加減が絶妙で、我々読者は、目の前にいる登場人物が確かに我々同等の「しょぼい」頭しか持っていないことを明認することで、本書を「凄い奴が犯した罪を凄い奴が暴く」超常的な物語ではなく、あくまで小市民的なものであることを実感できるのだ。要は親しみが持てるのである。
 ただし、本書のユーモアは黒いか嫌味ったらしく、登場人物もほぼ全員に癖がある。従って「親しみ」と言ったところでそれは「共感」に繋がらない。市井の安い事件を、等身大に描き、また読者にもそう見せることで、本書は人間の低俗さをまざまざと表現しているのである。
 連作通しての完成度も高い。今回は、事件内容にバリエーションが利いており、一気に読んでも、似たような作品ばかり読まされているとの印象を抱かずに済む。ブラックな味わいのみ既存作品に比べて若干抑え気味だが、それ以外の点から言えば、『ホームズのいない町』は、現時点で蒼井上鷹の最高傑作ということになろう。広くオススメできる逸品である。