不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

冬そして夜/S・J・ローザン

冬そして夜 (創元推理文庫)

冬そして夜 (創元推理文庫)

 11月の夜、私立探偵のビル・スミスは警察署へ急に呼び出され、妹の息子である15歳の甥ゲイリー・ラッセルの身元を引き受けることになった。暫く見ぬ間に学校でフットボールの選手を努めるまでになっていたゲイリーだったが、ビルにしきりに助けを求めながらもニューヨークへ来た理由を明かさないまま、隙を突いて逃げ出し行方をくらましてしまう。甥の行方の手掛かりを求め、ビルは疎遠の妹の一家、即ちラッセル家が暮らすワレンズタウンを訪れる。ワレンズタウンは町を挙げての学校のフットボール・チームを応援していたが……。
 結論から述べよう。『冬そして夜』は、青少年の健全な育成という金科玉条に紛れた現代アメリカ社会の歪みを、この上なく真摯に見詰めた作品である。スポーツとは、町とは、正義とは、コミュニティとは、これでいいのか。友や家族の看過できないおこないに、どう接するべきなのか。時間軸と人間関係の二つの軸を組み合わせ、ローザンはこれらの問題に肉薄する。
 こう言うと非常に重苦しい作品だと思われそうだが、各所で登場人物たちは活き活きと描かれており、読み心地は非常にいい。彼らはまさにリアルにそこにいて、全員が全員、いい奴も悪い奴も、等身大の人物として息づいている。会話はほぼ全て当意即妙なやり取りが主体で、自我をぶちまけるような大演説はなく、これまた読みやすい。更には一人称の地の文も、主人公ビルの自意識が過度には垂れ流さないのである。人物造形・人物描写の両面で、知情意のバランスはほぼ完璧といえよう。
 ストーリー展開のリズムが良いことも手伝って、リーダビリティも万全以上だ。580ページもあるのにその長さをほとんど意識しないで済む。プロットの完成度も高いし、ミステリとしても、ガチガチの本格ミステリでこそないが、十分評価できるほど緊密である。おまけに、こういった親しみやすい作風の小説に、先述のような重いテーマが有機的に結合し、読み応えも満点なのである。
 本書はMWA最優秀長編賞を受賞したが、別にこの賞に限らず、受賞作だから面白かろうと読んでみてガッカリした経験は誰しも持っているだろう。だが本書に限っては、そのリスクは考えなくて構わない。あまりにも特殊な好みを持っていて何を読んでも文句しか言わないような読者を除けば、本書は誰もが楽しめる作品であると思う。ローザンの最高傑作である。広く遍くお勧めしたい。