不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

壁に書かれた預言/ヴァル・マグダミード

壁に書かれた預言 (集英社文庫 マ 7-10)

壁に書かれた預言 (集英社文庫 マ 7-10)

 10ページ台の作品が大半を占める、現代イギリス・ミステリ作家の解短編集である。
 短い分シンプルな筋立てを採用している作品が多く、オチを読むこと自体は難しくない。しかし的確な心理描写とクリアな情景描写は秀逸で、登場人物と彼らの人間ドラマが、短いページ数の中にくっきり立ち表れるのである。個人的には、登場人物の心情が明快かつリアルに語られながら、決して生々しくなり過ぎないようコントロールされている点に感心した。このバランス感覚は得がたいと思う。おまけにプロット自体のキレも良く、文章は読みやすい。特段目新しくもないが古くもなく、作者の手際の良さは明らかなのだ――といった愉悦に浸れる短編集なのである。そしてこれはまさに、短編小説を読む楽しみそのものといえよう。だから本書に19編もの短編が入っているのは、実に嬉しく、また素晴らしいことなのだ。
 奇妙な味こそあまりないし、強烈なツイストを決めるわけでもないので、極端な小説にしか反応しない人にはおすすめしにくいが、洒落た短編が好きな人には広くおすすめしたい。