不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

エヴリブレス/瀬名秀明

エヴリブレス

エヴリブレス

 少年少女だった頃、お互いに好き合いながら想いを伝えず、別々の道を歩み始めた二人。その少女はやがて金融業会に進み、数理分析の専門家=クオンツとして活躍を始めた。彼女・杏子は、そんなある日、ネットワーク上の仮想世界BREATHにアクセスし、作法どおり自分の分身を作る……。やがて時は流れ、遂には杏子の孫の世代まで登場し、杏子の思いは世界に意外な展開をもたらしていく。
 自他共に認めるクレバーな作家が、いくらでも掘り下げられる要素を多数並べて、しかし敢えていずれにも踏み込まず、全てをなだらかに繋ぎ合わせている。個々のテーマに拘泥せず、主人公の人生および未来社会に関し、包括的ランドスケープをソフトかつ緩やかに提示することで、登場人物の生涯を貫いた《想い》を作品の最前面に出したのだ。小説としては綺麗にまとまっているし、美しい情緒的名表現も多いので即時的なイメージ喚起力は高い。ゆえにラジオ・ドラマ映えもするだろうと思う。しかし「グレッグ・イーガンテッド・チャンばりの大ネタ」が効果的に打ち出されているかというと、少々心許ない。また、《想い》そのものも、ヴェールを一枚隔てたかのような曖昧な記述によって主導されており、この点をロマンティックと捉えるかアンニュイと考えるかで評価が変わってくるはずである。
 いずれにせよ、良くも悪くも繊細な作品であることは間違いない。個人的には、時の流れがたゆとうかのような情感に満ちているのは印象的であった。