不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

鼻/曽根圭介

鼻 (角川ホラー文庫)

鼻 (角川ホラー文庫)

『沈底魚』で乱歩賞を受賞した曽根圭介は、「鼻」で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞していた。本書はその「鼻」の他、「暴落」と「受難」を収録した短編集である。
 結論から言えば、『沈底魚』より遥かに面白い。『沈底魚』は公安絡みの警察小説の中に浪花節の哀愁が漂い、構造も非常にシンプルで、登場人物にも単細胞(特に脇役)が多かった。これに対し、本書は単純な登場人物造形を逆手に取って、いわゆる「狂った」人物が異様に浅薄な言動をとることの恐怖感を強調している。この点は「受難」で一番わかりやすく提示されており、ビルとビルの間に手錠で繋がれて放置された男を、一向に助けてくれない三名の人間の狂気と妄執を描出してやまない。
 ホラー小説大賞受賞作の「鼻」は本短編集の白眉で、驚愕のオチに向けて伏線が緻密に張られている。また、この作品でも、単細胞の登場人物が物語の雰囲気を引き立てている。テングとブタに人間が二分され、テングがユダヤ人よろしく迫害されている社会において、良識派の医師がテングの母娘を気にかける話……だったのになあ。これはある意味、バカミスの名にも値すると思う。
 冒頭に置かれた「暴落」は、個人が自分を株式上場してその株価によって人間がランク付けされるという恐ろしい社会を描く。ちょっとしたホラーSFという感じで、個性という点では本編はちょっと落ちる。しかしそれでもなお十分に楽しく読める。
 というわけで、広くオススメできる短編集ということになろう。読みやすいのも素晴らしいと思う。今後はどちらが実入りがいいのか、という現実的な問題もあろうが、警察小説よりは、こういったホラー/SF/ミステリの狭間を狙った作品を多く発表して欲しいようにも思った。