不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

フリーランチの時代/小川一水

フリーランチの時代 (ハヤカワ文庫JA)

フリーランチの時代 (ハヤカワ文庫JA)

 小川一水は、青年・少年層の主人公がみずみずしい感性で事に当たるのを描いて、複雑過ぎたり、情熱的過ぎたりする性格設定を注意深く避けている。イデオロギーを特段書かない(背景にはあるかも知れぬが)のも大きいし、登場人物に鬱屈などがあっても、それを克明またはグロテスクに抉り出すことはない。真剣に描き始めると小説が重くなりそうな要素は、みずみずしい感性に中和されているのだ。結果、作品内の感情面の見通しはあくまでも良くなり、ソフトな筆致もあって、終始心地よく読み通せる。
 本書『フリーランチの時代』もまた、小川一水がその特徴を発揮した短編集である。奇妙な状況をそれなりにリアルに描きながらも、等身大の視点からの平明なパースペクティブを決して忘れない。「フリーランチの時代」における侵略行為(?)を受け容れる軽いノリ、「Live me Me」の肉体と意識の間で揺れ動く主人公の懊悩、「Showlife in Starship」におけるヒッキーの克己(メイドロボがいるのが笑えます)、「千歳の坂も」の長命時代における死の憧憬、「アルワラの潮の音」*1で示されるシビアな現実とビルトゥングス・ロマンの共存と対比。いずれも見事である。
『老ヴォールの惑星』に比べるとスケールや先鋭度は後退したが、その分普段着の小川一水に近付ける好短編集である。特にファンにはすすめたい。

*1:『時の砂』の番外編です。