不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

マンハッタン・オプ?/矢作俊彦

 解説の坪内祐三によると、酒席においてではあるが、矢作俊彦はハードボイルドは言葉、文章が全てという認識を有しているらしい。わずか300ページちょっとの間に17編もの短編を収録している本書は、そのテーゼを体現した一冊であり、シリーズであるといえよう。
 一人称小説である。主人公は名前が一切明らかにされない。全編がミステリではあるのだが、本格ミステリめいた推理や構造はなく、主人公はただただ依頼人たちが巻き込まれた事件の真相を解き明かしていく。そこには同情や感傷があるものの、そのような感情を小説にベタ塗りすることは注意深く避けられている。行間から零れ出るもの、それはニューヨークという大都会で生きていく者たちの業に他ならない。
 『リンゴォ・キッドの休日』から始まる二村刑事シリーズは、プロット、登場人物造形、文章などが非常に絢爛としたものであったが、『マンハッタン・オプ』はもっと落ち着いており、全てが簡潔である。無論いずれも素晴らしいハードボイルドではあると思うが、『マンハッタン・オプ』の方がより原理的なハードボイルドに近いのではないかと思うのだ。
 いずれにせよ、矢作俊彦ほどの強度を誇るハードボイルドは、正直ハメット、チャンドラー、原りょうの3名しか思い付けない。手軽に読めるようになった『マンハッタン・オプ』が広く膾炙することを願ってやまない。傑作ですよ。