不壊の槍は折られましたが、何か?

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スメラギの国/朱川湊人

スメラギの国

スメラギの国

 近々恋人の麗子と同棲するため、新居に引っ越して来た会社員の志郎は、ひょんなことから太った野良猫を飼うことになる。一方、その近所で老婆に飼われていた2匹のチョコとアイスは、空き地の森で美しい白猫に出会い、高い思考力を手に入れた。志郎によって後に《スメラギ》と呼ばれるようになったその美猫は、出会う猫を高知能化する能力を有していたのである……。
 次第に某登場人物v.s.猫たち、というホラー小説として収斂していくのだが、そこに至るまで大小織り混ぜて色々起きる。また構成上も、メイン・プロットとは別にサブ・プロット(交通事故で息子を亡くした男の悲嘆)がある。物語の展開は、だから決して一本道ではない。ただし終始読みやすく、高いリーダビリティが維持される。
 その理由は二つある。一つは、人猫ともに、主要キャラクターには悉く「理解できる」事情があり、決定的な悪役や理解不可能な「おぞましい」存在があまりいないということだ。もう一つは、メインとサブはいずれも、《愛する者を守る心情》というテーマ上の共通点を持っているということである。直接的な関連は薄いものの、感情が共通することで、各パートは有機的に結合されている。それが『スメラギの国』全体の完成度を底上げしているのである。そしてやっぱりこれは付言せずにはおられない。本書では、猫がその特徴を遺憾なく発揮しているということである。愛玩動物としての可愛らしさと、高貴な気まぐれ、そして獣としての残酷な本性。それが、高知能化という一種の人間化を通して、かえってより端的に描出されているのだ。これは本書の明らかな長所と言えるだろう。
 もっとも弱点がないわけではない。たとえば幽霊は設定として安易である*1し、他にもいくらでもやりようがあったはずだ。しかし総合的には、実にいい長編小説であると思う。既存の朱川ファンにはもちろん、小説好きには広くおすすめしたい。

*1:蛇足だが、これさえなければ、本書はSFだとも言えたはず。