不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

裁判員法廷/芦辺拓

裁判員法廷

裁判員法廷

 裁判員制度の本施行より一足先に、芦辺拓が連作ミステリ短編集という形で、この制度のシミュレーションを世に問うた。と言ってももちろんそこは芦辺拓、凝った仕掛けや堅牢な推理は健在であり、本格ミステリとしても素晴らしい出来栄えを誇る。作品の並びも良い。「審理」では不可能犯罪で軽くジャブを打った後、「評議」では弁護士が論証できなかった事項を裁判員+裁判官で推理するという奇怪な構図、「自白」では被告自らが犯行を認めているのに弁護士は無罪を主張するという異常なシチュエーションを扱う。特に「自白」は純粋にミステリとして見ても傑作と言えるもので、技ありの一本である。
 さて興味深いのは、杉江松恋がHPで指摘する「ミステリー読みとそれ以外の人とでは、おそらく違った印象を受けるはずである」という事実である。ミステリ読みは本書を通常の法廷ミステリとして読むはずだが、それ以外の人は、探偵役の弁護士・森江春策のキャラが薄いこともあって、近日中に施行される新制度のシミュレーション小説と受け止めるだろう。そして、シミュレーションとして読んだ場合は、「自白」にかなり戸惑うはずである。一体どういう感想が抱かれるのか、是非訊いてみたい。――そして、芦辺拓がここで展開したような雰囲気で、本当に裁判員制度は実施されるのか、実社会の今後の動向も気になるところである。