東京・春・音楽祭―東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.1
東京文化会館大ホール 15:00〜
演奏会形式上演。歌手は表情や手振りで若干の演技をしてました*2が、合唱を含めて全員が譜面台に楽譜を置いて歌唱。
音楽的に非常に充実した公演になりました。まず歌手陣が良く、誰も「これはちょっと」という人がいなかった。会場で一番大きな拍手をもらっていたのはクンドリ役のシュスターでしたが、確かにそれもむべなるかなで、声・表現力・音程いずれも素晴らしい出来栄え。狂気と正気、信仰と罪業が入り混じるクンドリというキャラクターを、徹底的に堪能させてくれたように思います。新国立劇場の《ジークフリート》《神々の黄昏》でブリュンヒルデやったテオリンが、声量も表現力もあるけれど音程がぶら下がり気味になる場面が散見されたのとは好対照でした(でもテオリンはテオリンで良かったけどね)。
他の歌手もグッジョブ。タイトル・ロールのフリッツは、端正な声質を存分に駆使して、特に第二幕の《アムフォルタス!》以降、目覚めた後のパルジファルを好演していました。ローズのグルネマンツも高潔な騎士をいかにもそれらしく、しかも丁寧に歌っていて過不足が一切ない。クリングゾルのシム・インスンは、童貞をこじらせて魔法使いになってしまった性根の腐った男をこれまた好演。声もよく通る歌手だったんで、今後要注意。そしてグルントヘーバーは……もはやどこからどう見ても貫録の出来栄え。魔法の乙女たち(東京オペラシンガーズからの選抜メンバー)もいい歌を聞かせてくれました。というか合唱がうめえ。この団体、聴くたびに感心するんですよね。
新国立劇場のトーキョー・リングとの最大にして決定的な相違点は、指揮者とオーケストラがこちらの方が完全に上だということ。新星日響と統合後の東京フィルをN響と比べるのは酷だとわかっていても、それでもなおアンサンブルの土台からしてモノが違うのがはっきりわかってしまう。特に弦は、柔らかいいい音出してたなー。N響聴きに行って音だけで満足したのは、本当に久しぶりです。……まあいつもは某紅白歌合戦用巨大スタジオで聴いているからかもしれんが。しかも今日は木管や金管も決して負けておらず、多少のミスはやっぱりあったけれど、基本的には安心して音楽に浸れました。これは日本のオケとしては凄いことです。そして本日の公演を支えたのは、何と言ってもシルマーの指揮! 歌手が歌っている時はオーケストラの音量を抑え、しかも結構細かい部分も疎かにしない緻密な指揮ぶりを見せる。かと思えば、オケと合唱だけのシーンではここぞとばかり豪快にかっとばすことも厭わない。そしてこれが一番重要なんですが、全篇非常に曖昧なサウンドに包まれる《パルジファル》を、最初から最後まで丁寧に、しかし緊張感をもって一気に聴かせてくれた。奇を衒うことは全くない指揮でしたが、だからこその安心感というものがありましたですよ。手ぇ抜いてんな、という箇所もなかったしね。第三幕終了後のカーテンコーで、N響は自分たちは立たず指揮者に拍手を受けさせてましたが、これは当然の措置と言えましょう。
このレベルの公演が「普通」なのかどうかは、経験値の少ない私にはよくわかりません。しかし《パルジファル》全曲をじっくり味わえたのは間違いない。個人的には非常に満足して家路に着けたことをご報告するものです。……そういや、今日は客層も良かったな。どの幕でも、指揮者が指揮棒をゆっくり降ろし終えるまで誰も拍手せず。上演中もパウゼで客席が静まり返っていた。毎回こういう聴衆とご一緒できるんだったら、私もあんまり血圧上げずに済むんだけどなあ。