蠅の王/田中啓文
- 作者: 田中啓文
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2008/01/25
- メディア: 文庫
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タイトルと表紙からしてヤバそうな、SF成分も相当に混入したホラー小説の大作である。虫の大群と血や贓物にまみれた惨状を、田中啓文は実に気色悪く描くことに成功している。悪趣味スレスレどころか悪趣味そのもの、穢れた場面が怒涛の如き奔流に、我々読者は為す術がない。それらの全てには、今ここでこのシーンを描きたいとの作者の意欲が横溢しており、主要登場人物がいずれも歪んだ情念を抱えていることと相俟って、実に濃厚な読み口を読者に提供するのだ。世界に危機がひたひたと迫る緊張感に裏打ちされ、大部なのに全くダレることがないのも素晴らしい。なお、物語は新宿で怪獣映画的クライマックスを迎えるが、興味深いのは、このシーンが意外にあっさり終わる点である。作者が描きたかったのは、あくまで世界の破滅を前にした個人であって、世界のカタストロフ全体ではなかったということだろう。
というわけで総じて傑作だが、最後の落着が若干弱いことだけは残念。竜頭蛇尾とは言い過ぎだが、失速の感があるのは否めない。弱いとすればここだけなので、余計に残念であった。なお気になる駄洒落は今回控えめで、作品全体はシリアスな雰囲気で一貫している。ホラー・ファンは必読、従来田中啓文のギャグがダメだった人も問題なく楽しめよう。