不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

蹴りたい田中/田中啓文

蹴りたい田中 (ハヤカワ文庫 JA)

蹴りたい田中 (ハヤカワ文庫 JA)

 駄洒落とギャグにまみれた短編集であり、くだらない話がてんこもりだ。「ためになる読書」とやらを追求する読者には決して理解されない一冊といえ、息抜きの娯楽として読書をする人の中にも、この本と作者を非難する方は少なくないはずだ。
 私は楽しんだ口だが、この立場が正当だとは思わないし、常と違って「この程度で痛烈に批判するなんて、なんて《狭い》人たちだろう!」などとは思わない。悪ふざけと紙一重どころではなく、悪ふざけそのものの本を積極的に擁護する気にはなれないし、悪ふざけに怒りを覚えるのは人間として当然のことであるからだ。

 ということをお含みいただきつつ、それでもなお私はこの本を楽しんだと言おう。深い意味など皆無、作者は読者を放置して自分だけが楽しんでいる。そこに同調すれば、このせちがらい世の中、ひとときの寛ぎを得ることができるのだ。お馬鹿な話特有の、「マジですか?」的な驚きと苦笑と脱力が、私には心地よいのである。もちろん、これが短編集だというのは大きい。これを長編でやられると、さすがに付き合えないものを感じる。