辛い飴/田中啓文
- 作者: 田中啓文
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2008/08
- メディア: 単行本
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さて今回の収録作品7編はいずれも、実質的には《日常の謎》と言える。しかし作品舞台が特殊なギョーカイなので、ほとんどの読者が非日常的な感覚を味わうことになるだろう。一方、ジャズの世界に慣れ親しんだ人にも、作品が田中啓文のしっかりした知識(自身楽器をいじるため、恐らく音楽とその周辺事情は彼の血肉になっていると思われる)に基づいているため、違和感が全く覚えずに済むだろう。ただし、ミステリとしては『落下する緑』に比べると若干弱くなった。謎も解法もである。ただし、笑酔亭梅寿謎解噺のようにミステリを放棄して単にいい話にする、というわけではなく、こだわりはまだ見て取れる。謎に包まれた伝説のブルースマンの正体に迫る「酸っぱい雨」、グランド・ピアノが消失する「渋い夢」などは、ミステリとしてだけ見ても水準以上の佳作といえる。音楽ネタだけではなく野球ネタや土俗信仰ネタも混じっているが、総合的には音楽家の《業》のようなものが表れているのも相変わらず素晴らしい。『落下する緑』に好意的な読者の期待に十分応えた一冊といえるだろう。
*1:ただし「甘い土」では我慢できなかったようだ……。