不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

青チョークの男/フレッド・ヴァルガス

青チョークの男 (創元推理文庫)

青チョークの男 (創元推理文庫)

 パリの路上に青チョークで円を描き、その中に様々な品を置かれるという奇妙な出来事が起きる。市民は椿事として楽しむ向きが大半であったが、警察署長のジャン=バティスト・アダムスベルグのみ、残酷臭を嗅いで胸騒ぎを覚え、部下ダングラールに調査を命じる。ダングラールはぶつぶつ言いながら捜査を始めるのだった。そんな折、海洋学者のマチルド・フォレスチエが署にやって来て、町で見かけた盲目の美青年を見付けてくれと喚き散らすついでに、一週間が日/月火水/木金土の3ユニットに別れていると電波発言をして去って行く……。
 同月刊行の藤岡真『白菊』と歩調を合わせたわけでもあるまいが、これも奇妙にして歪な作者のセンスをまずは愛でるべき作品。アダムスベルクは成熟した男性である一方で、五十代とは思えないほど純粋素朴な一面を併せ持ち(というか成熟振りは時々思い出したように提示されるに過ぎない)、カミーユという若い女性に想いを寄せるのであった。そして捜査方法は山勘に基づく。というか、某国内作家のシリーズで「嘘吐きの前に出るとクシャミが出る」奴のような感じで、裏があるのが(それが何かは判然としないが)わかってしまうという、特殊能力を持つ。
 他の登場人物もヘンテコなのが揃っており、いきなり突拍子もないことを言ったり考えたりやったりするので、油断できない。
 事件自体もなかなか面白い。本格本格したガチガチの推理を期待しても外されるだけだが、フランス・ミステリ、そして何よりもヴァルガス自身の変な世界を心行くまで堪能できる佳作。私は大好きです。『死者を起こせ』訳出から大分時間が空いたが、次は1年以内に出していただければありがたい。